「わたしには想像もできないんじゃないかしら。まわりにいるみんながちがう考え方をしていて、日常の細々したこともかってがちがってるんですものね。そして、そういった細々したことのほうが、大きなものよりも慣れるのに骨が折れるんじゃないかしら」
「禁断の塔」 マリオン・ジマー・ブラッドリー(浅井修訳) 創元推理文庫 ダーコーヴァ年代記15,16
「カリスタの石」続編。カリスタをキャットマンたちの手から取り戻したアンドリューとデーモン。彼らは、姉妹の父であるエステバン・オルトンの許しを得て結婚式を挙げる。<監視者>としての誓いから解放され、<監視者>レオニーからの祝福も受けたカリスタだが、実は彼女には大きな問題があった。マトリクスの環を監視する<監視者>は厳しい訓練を経た処女だけがなることのできる存在であり、すでに<監視者>としての訓練をほぼ終えていたカリスタには、性的な事柄に対する拒絶反応が埋め込まれていたのだ。キスはおろか、手を触れ合うことすらできないふたり。いつまでも待ちつづけると誓いながらも、アンドリューは苦しみを捨てることは出来ない。そんな彼を支えるデーモンとエレミア、そして彼を地球人、己の地位を脅かす存在として忌避するドム・エステバンの私生児ディージ。ここで一生暮らすと決意はしたものの、次々に降りかかってくるカルチャーショック。カリスタに対する愛情の高まりと、不安。そんな彼を助けようと、デーモンが上界に作りあげた「塔」がいつしかレオニーの怒りを買う――
異なる文化に放り込まれるといっても、さすがブラッドリーというべきか。ダーコーヴァでは妊娠したりして気のない妻に代わって、その妻の姉妹が夫とベッドをともにすることは認められているし、親友の妻こそ、ともに共有すべき存在である。テレパス同士に隠し事はなく、セックスの最中に交感を行えば互いの存在が曖昧になり同性愛関係も成立する――というような状況に、ごくふつうの地球人の男が放り込まれたのである。カリスタからエレミアと寝るように勧められて激怒したと思えば、逆にエレミアから責められる。エレミアが自分の子を身ごもったときいて蒼ざめれば、喜んでくれないのかと泣かれ、デーモンからの愛情が受け入れられなかったときには四人ともが傷つくような悲惨な反動を引き起こす……列挙すれば笑い話のようだが、実際は大問題なのだ。だが、アンドリューが手探りでダーコーヴァに溶けこむ一方で、デーモンは彼とカリスタのために行った調査で、<監視者>の本来のあり方を知る。ダーコーヴァの歴史が変わる一瞬である。
ヒューゴー賞候補。
それにしてもダーコーヴァ文化は奥が深いです。特に性生活(笑)。オンブレディンとかサンダル履き野郎、とかいう同性愛者を侮辱する言葉が複数あるにも関わらず、テレパスのあいだでは日常的に同性愛関係が存在する(あ、だからテレパスのことをサンダル履きっていうのか)。ダーコーヴァ人であるレジスも自分の中にある同性愛傾向に苦しむくらいなのだから、アンドリューが混乱しても当然。そう考えるとデイヴィッド・ハミルトンなんかは同性愛(正確には相手は性別不明ですが)の上に非・人類との恋愛を乗り越えるのだからたいしたものである。
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