どちらにせよ、前にあるのは地獄だけだ。
       
  「ハスターの後継者」 マリオン・ジマー・ブラッドリー(古沢嘉通訳) 創元推理文庫  ダーコーヴァ年代記11,12

 レジス・ハスター。王家の血筋をひき、現在の評議会議長、摂政でもあるハスター家の嫡子にして、いまだララン――ダーコーヴァの貴族、コミンにはほぼ必要不可欠であるはずのテレパシー能力を欠いた少年。彼は非テレパスという屈辱と孤独の中で生きることより、外世界へ旅立つことを望むが、コミン評議会議長である祖父の命により、旅立ちを決める前に三年間の士官候補生としての生活を受け入れることを約束する。
 一方、ルー・オルトン。ハスター家と並び称されるオルトン家の長男でありながら、母が地球人であるとのことで不遇の生活をかこっている青年貴族。彼は数年前、オルトンの「ちから」を持つことを証明し、コミン評議会に認められてこそいるのだが、いまだ多くの者にとっては蔑むべき地球人との混血に過ぎない存在だからだ。歳の差こそあれ、幼い日々をともに過ごしたふたりはその友情をこのまま続けていくことを望むが、非テレパスとも強制的に交感を行うことのできるオルトンの「ちから」をもってしてもレジスのラランを目覚めさせることはできず、レジスはますます絶望的な孤独感にとらわれてしまう。
 しかし、ラランを持たぬ苦しみを抱いたまま士官候補生となったレジスは、友人ダニロの極めて稀なララン――現在では失われたと思われていた触媒テレパスという「ちから」によって、自分でも気づかぬうちにラランに目覚め始めていた。だが、ダニロは士官学校の校長であり、コミン貴族でもあるダイアン・アーデスの残酷な性的虐待に耐え切れず、ついにコミンに刃を向けるという不名誉な事件を起こして放校となる。当初、真実を知ることのなかったレジスだが、士官学校の休み中、旅の途中ダニロを訪ねてすべてを知り、コミンの一員として不正を正すことを誓う。それは外世界への憧れを断ち切り、コミンとしての義務をまっとうする生活を選ぶということでもあった。
 そのころ、ルーは父ケナード・オルトンの命により、遠くアルダランの地で<盟約>が破られているとの報告の真偽を確かめるための調査に赴いていた。そして、そこで目にした地球人のテクノロジーを受け入れて発展した都市の姿が、ルーに禁断のシャーラのマトリクスを扱うことを求めさせてしまう。それはコミン評議会への裏切りであり、ダーコーヴァを破滅に向かわせる恐ろしい力の解放でもあった。そして、マトリクスを扱うテレパスの力を増すために必要な触媒テレパス――ダニロのことを思い出したルーは、そのことを弱い「ちから」しか持たずに苛立っていたベルトラン・アルダランに話してしまう。そして、彼らの性急な行動が、ダニロの拉致という形であらわれ、そのとき初めてルーは自分が行おうとしていることへの疑問を抱く。シャーラに操られることなく、シャーラを使いこなすなどということが果たして可能なのだろうか、と。いつしか愛しはじめていたベルトランの乳姉妹マージョリーをシャーラのマトリクスの焦点とすることへの恐怖。ルーはマージョリーとふたりで逃げ出すことも考え始める。しかしシャーラのマトリクスは彼らに少しの猶予も与えず、ただ殺戮と破壊とを求めていた。
 目覚め始めたラランが神経回路を狂わせ、命を失いかけるような思いをしながらも失われたダニロを追ってアルダランの地へと向かうレジス。シャーラの殺戮を食いとめようと、いまや必死になって闘うルー。ふたりを待っていたのは少年時代の終わり、愛情の終わり、そしてそれでも未来へと続いていくダーコーヴァ――
 ダーコーヴァ年代記の中でも、上下二冊という厚みを持った、物語としても格段の深みを見せた作品。
 オルトンの怒りは人をも殺す、といわれるほどの「ちから」を持つオルトン家に生まれながら、地球人の血をひくばかりに不遇の生活を送るルー・オルトン。ちなみに、彼の父、ケナードが地球へとむかったのには、ケナードの少年時代に地球との交流を、と考えたコミンの思惑もあったのだから、彼がかの地で地球人(とはいえ、彼女も実はアルダランの地を引くダーコーヴァ人とのハーフでもあるのだが)を愛し、子どもが生まれても、コミンにどうこういえたものではないのだが。とはいえ、アルダランの地をひくというのも問題で、アルダランはかつて問題を起こしてコミン評議会から追放されており、いまなおコミンには従わない素振りを見せている。そんなアルダランの血を母親のほうから受け継いでいる――と、そのあたりも、ルーの屈折の一部となっている。なかなか複雑な存在なのである、このルー・オルトンという青年は。
 物語はこのルー・オルトンの独白とレジスの様子を追って進められるが、やはりなんといってもレジスでしょう! のちに神のような存在ともなるレジスの幼き日々。自尊心と強情さから、己がラランのせいで病気にも似た症状に襲われていることを口に出来ず、助けを求める柔軟さがないために死にかけるレジス。そんな彼をつねに変わらぬ友情を持って見守るダニロ。彼らが生きることになる新しいダーコーヴァとはどのようなものなのか――
 それは、のちの作品のお楽しみ。
 なお、シャーラのマトリクス関連では「オルドーンの剣」がこの続編にあたる。
 ネヴュラ賞候補作品。


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