「神々はわれらを盤上の駒のように扱いたもう。われらの恐れ、狂気、欲望をもてあそぶ。しかし、神が愛について、恥辱について、何をご存知であろう。われらは知っている。おまえとわしと、それからそこに立っている者たちもだ」
         
  「サソリの神V――スカラベ 最後の戦いと大いなる秘密の力」キャサリン・フィッシャー (井辻朱美訳) 原書房

 前作「アルコン」で戦場と化した町。将軍アルジェリンは、自らの手で殺してしまった恋人のハーミアを想い、彼に恋人を殺させた神々を憎む。<雨の女王>の像を破壊し、自らアルコン、<光の神>たる国王と名乗るアルジェリン。かろうじてアルジェリンの手を逃れたミラニィだが、ともにいるレティアは相変わらずの野心家で、陰で何を企んでいるのか腹の底が知れない。<歌の泉>への旅に向かったアレクソスたちもまだ帰ってこない。不安に苛まれたミラニィの前に、ある日、偶然にもアレクソスの供をしていたはずのセトが現れる。他の仲間たちはどうしたのか。アルジェリンの側につこうとするセトに疑念を捨てきれないミラニィ。しかしそれは、アレクソスたちの密かな反撃の始まりだった。セトはアルジェリンの懐深くもぐりこみ、神、アルコンの復活を図ろうとしていたのだ。そして宮中深く入り込んだセトが見たものは、恋人を忘れることができず、冥界からよみがえらせようと、あやしげな魔術をあやつる女に騙されているアルジェリンの姿だった。ハーミアの顔に似せた像を造り、その前でハーミアの名を繰り返すアルジェリン。恋人を殺させるように仕向けた<雨の女王>を憎むあまりに、一切の水を口にせず、水に触れることなく生活し、精神を病んでいる将軍。
 ところが、アルコン復活をかけた計略は、レティアの傲慢な思い込みによって失敗し、ミラニィとアレクソス、楽師オブレクはアルジェリンに捕らえられ、ともに冥界に下りることとなってしまう。九つの門を抜け、<雨の庭>からハーミアを連れ戻すことはできるのか。<島>は、<お告げ所(オラクル)>は、そして人々はいったいどうなってしまうのか――
 「サソリの神」三部作のおもしろさは、なんといっても登場人物の深みである。わかりやすいのはジャッカル。将軍に一族を殺されながらも、遊蕩貴族として浮かれながら将軍に従うオサルコン卿の顔と、将軍に統治されない社会の下層を一手に収め、暗黒の頭目として墓荒らしをするジャッカルという顔を持つ。遊蕩貴族であるときも、ジャッカルであるときも、彼は自分自身の生き方を憎み、それゆえにこそ一層ひねくれた自尊心を持つ。この点、レティアもセトもアルジェリンも、ジャッカルのような二つ名こそ持たないまでも、表と裏、幾重にも重なる姿を持っている。今回は特に、これまでミラニィたちの反対勢力として悪役ぶりを発揮してきたアルジェリンを中心とした物語となっていて、わたししのようなアルジェリン好きにはたまらない話である。
 物語そのものは、上の世界での戦、下の世界での冥界めぐり、といつものように複線構成となっているのだが、偏った読みをすればこれはアルジェリンの恋物語(ええ、歪んでいます、きっと。思い込みです)。前二作において、将軍アルジェリンと<語り手>ハーミアは、陰謀で結ばれた者同士であり、権力志向の強い二人が互いに利用しあっているだけ……のようにも見えていた。しかし、やはりそこでも密かに感じられていたように、アルジェリンは実は本当にハーミアのことを愛していたのだということが、今回明らかになる。
 冥界で再会したふたりの会話。

「あなたは、いつでもわたくしをお払い箱にするつもりでいた。わたくしは<語り手>で力があった。けれど用がすめば……」
「ちがう!」かれは階段を駆けあがり、女の手をつかんだ。「ちがう、ハーミア。誓って言う。そんなことは夢にも思わなんだ。わしは生涯、他にだれも愛したことはなかった。わし自身をさえ。そなただけだ。われらのあいだには、陰謀と罪咎以上のものがあった。われらは似たもの同士だった。われらの結束は固く深く、死によってすら断ち切られることはない。そんなことはありえぬ。そなたも知っておろう。<女王>のお怒りがあろうと、あらゆる神々のお怒りがあろうと、そなたを連れかえるぞ。たとえ世界が終わり、<混沌>が降りくだるとも、ハーミア、そなたと別れはせぬ。わしはいつでも、欲しいものは必ず手に入れる男だ」


 アルジェリンはハーミアのために<雨の女王>に膝を屈し、ハーミアを連れ帰ることを願う。この後、冥界からの道のりは痛々しいほどの期待と不安に満ちている。――ほんっといい男だよ、アルジェリン! わたしはもともと脇役好き、悪役好き傾向にあるが、ほんっとにピカ一です、この男。ということで、絶対のオススメ。近年であったファンタジーの中では最高傑作。



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