十年先、二十年先、広辞苑はきっと有り続ける。それに比べ、人間は明日をも知れない儚い生き物だ。広希の父親は、人間の英知が詰まった分厚い辞書に、そのとき永遠を見たのかもしれない。
「君と語る永遠」(「サイン会はいかが?」所収) 大崎梢 東京創元社
平日の十一時。お客さんの入りもまばらで、成風堂書店にほっとした空気が流れたその時間に、近くの小学校の6年生たちが校外学習にやってきた。微笑ましく眺めていた杏子だが、その中にひとり、妙に絡んでくる男の子を発見する。本がしまってある抽斗を抽斗じゃないんだけどなあ、と呟き、広辞苑を片手で持とうとする少年、広希。彼のことが気になる杏子の元に、広希の担任が現れ、ある一つの事件への不安を告げる……
「配達あかずきん」「晩夏に捧ぐ」でおなじみの成風堂書店。今度は出張ではなく成風堂書店内、しかも短編集なので読みやすくなっている。が、しかし。「取り寄せトラップ」や表題作の「サイン会はいかが?」は、必ずしもほのぼのした話ではないのである。多絵の犯罪や人を傷つける行為に対する厳しさも垣間見え、単なる謎解きではない深みが感じられる。
さて、「君と語る永遠」では、本屋に通うようになった広希少年と、そんな彼を理解できない若い担任教師の姿も描かれている。杏子たちにできることは少ないけれど、若い教師の成長を見守る視点は、学校と地域の連携といった言葉を超えた、人と人とのつながりを思わせて、やはり優しい。
優しさと厳しさと。成風堂が持つ雰囲気のよさは、こんなところにあるのかもしれない。