「あなたの前向きの姿勢ってやつは、そのうちついてくる者をみんな崖っぷちに追い込むんじゃないのかな」といって言葉を切った彼の顔に笑みが広がった。「落っこちる途中で、みんなに空を飛べると信じ込ませるだろうがね」
      
「戦士志願」 ロイス・マクマスター・ビジョルド (小木曽絢子訳)創元SF文庫

 旧式な貴族制度に支配される惑星バラヤーで、皇帝にもっとも近い国主の嫡子として生まれたマイルズ。醜い権力闘争の流れの中で、バラヤーでは忌み嫌われる身体的ハンデを背負って育ったマイルズが帝国軍士官学校の試験に失敗したとき……思いもかけないことから、事態は急変、いつしか戦乱の真っ只中で三千人を越す傭兵隊の指揮をとることになってしまう……!
 驚異的な記憶力とエネルギッシュな頭脳、ほとんど常に躁状態のマイルズに周囲のみなが巻き込まれてゆく。「きみならできる」、と。マイルズの言葉は魔法のように浸透し、口にしたマイルズ自身がぎょっとしてしてしまうことさえあるようだ。とはいえマイルズの身体的ハンデは、だれかを殴れば自分の骨が砕けるほどの脆さでもあり、そのためだろうか、ときとして辛辣なユーモアにもかげりが見えることもある。
 マイルズ以外にもユニークな登場人物が満載されており、キャラクター造型と練り上げられた構成とで、ぐいぐい引き込まれること請け合いだ。そしてまた。他の惑星からは血を好む戦闘集団ともいわれているバラヤーは、一方で名誉を大切にし、規律を重んじる集団でもある。マイルズの父親であるアラールと母親のコーデリアの出会いの物語「名誉のかけら」もわたしの好きな一冊だ。「戦士志願」だけでなく、ぜひシリーズの他の作品にもあたってほしい。
 「命な惜しみそ名をこそ惜しめ」……バラヤーにかつての日本の武士を重ねるのはもちろんのことだろう。 




オススメ本リストへ