「きみの知っているぼくという人間は存在しないんだ。ぼくはこの仕事のためだけに創りだされた人間だ。仕事が終われば、ぼくもおしまいってわけさ」
                 
 「惑星救出計画」 マリオン・ジマー・ブラッドリー(大森望訳) 創元推理文庫   ダーコーヴァ年代記1

 惑星ダーコーヴァの四つの月の合が近づいていた。ダーコーヴァでは48年ごとの合にあわせ、致死率87パーセントの謎の熱病が流行する。前回は300人の地球人のうち12人しか生き残らず、ダーコーヴァ人に至ってはさらにひどい割合で死者が出ている。非因果科学には優れているが、医療の面では格段に劣るダーコーヴァ人が、これまで考えられない申し出をしてきたのはそのためだった。ハスター家直々に、この熱病を退治するのに手を貸せば、選ばれた幾人かにマトリクス力学を伝授しようといってきたのだ。この機会にダーコーヴァ人とのあいだにある高い障壁を打ち破るためにも、この熱病――トレイルマン熱の血清を手に入れようと、地球人側が用意したのがジェイスン・アリスンだった。医師ジェイ・アリスンの抑圧された人格である。
 30代半ばのドクター・アリスンに対してジェイスンは22歳。非人類であるトレイルマンの町に水素爆弾を落として全滅させるのが論理的帰結だといってのけるアリスンに対して、ジェイスンはトレイルマンに親しみを持っている。しかし山をよく知り、社交的で人懐っこいジェイスンは医学的知識を持たない。不安を抱えながらも、彼が組むことになった8人のメンバー。その中には現人神ハスター家の嫡子レジス・ハスターの姿もあった。彼らははたして無事ヘラーズ山脈にあるトレイルマンの巣にたどり着けるのか。そして、トレイルマンたちの協力をとりつけることができるのか――
 幼いときに父親の操縦する飛行機が墜落、トレイルマンによって育てられたジェイスン。彼が医学を志し、人を避けて学究に打ち込むジェイ・アリスンになってしまった理由はどこにあるのか。ふとしたきっかけでジェイスンからドクター・アリスンに戻る危険と、自分が自分でいられるのは短時間だけであるという哀しい自覚。ダーコーヴァの話であるというよりは、これはジェイスン(ジェイ・アリスン)の自分探しの物語だといってもいいだろう。
 とはいえ、もちろんダーコーヴァの魅力は満載。危険な山越えといい、そもそもトレイルマンという非人類の設定がいい。山のガイドにフリー・アマゾンと呼ばれる特殊な存在の少女が加わってくるところもダーコーヴァならではだろう。もちろん、テレパスを持つレジスとジェイスンとの複雑な交流も見逃せない。
 
 この話には、時間的には「ハスターの後継者」「オルドーンの剣」の中間くらいにあたるらしい。のちに重要人物となってくるおなじみのレジス・ハスターの他、地球人とダーコーヴァ人の混血であり、コミンとは複雑な関係にあるアルダランの関係者レイフ・スコット(幼いとき、ルー・オルトンとともにシャーラのマトリクスと関係(「ハスターの後継者」「オルドーンの剣」)や、レリス・ライドナウ(レジスとは士官候補生時代からの知りあい「ハスターの後継者」)などが登場。他の話と関連付けてみると、「え、うそ!」と思えるような食い違いが目につかないでもないのだが……ま、ダーコーヴァ年代記にはありがちということで。



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