「あなたは、たった十二歳の子供に世界を変えろって言ってるのよ。そんなバカな話は聞いたこともないわ」
「ペイ・フォワード」キャサリン・ライアン・ハイド(法村里絵訳) 角川文庫
物語は2002年から、1992年のある日を振り返って始まる。2002年現在、世界はいい方向に変わっている。その変化を起こした少年の物語、それがこの本の姿である。
新任の社会科教師ルーベンの出した課題、『世界を変える方法を考え、それを実行しよう』。12歳の少年、トレヴァーが考え出したのは、ペイ・イット・フォワード。誰か三人の人のために何か親切をしてあげる。その三人がまたそれぞれ別の三人に親切なことをする。そしてまた、その人たちがそれぞれ三人に……トレヴァーの計算どおりなら、ペイ・イット・フォワードによって幸せになる人々は数え切れないほど増えていく予定だった。しかし母親のアーリーンや、教師のルーベンをはじめとする大人たちが初めから知っていたとおり、この計画はトレヴァーの思うようにはうまくいかない。ヤク中の浮浪者にクスリ代を与えるだけに終わってしまったり、せっかく輪を広げてくれそうだった老婦人がすんでのところで死んでしまったり。孤独な者同士を結びつけようと苦心した母親とルーベンの間も、なんだかうまくいかない……
就職祝いにyuiさんからオススメいただいた一冊。トレヴァーのペイ・イット・フォワードもよいのだが、実はこの話で大きな場所を占めているのは、トレヴァーの母親であるアーリーンとルーベンとの恋愛である。不倫の末にトレヴァーを産んだアーリーンは内縁の夫に失踪され、アル中から立ち直るべく努力しているが、自分が一年以上酒を断つことができるとは信じていない。ハンサムで才能あふれる青年だったルーベンはヴェトナム戦争で顔の左側を失い、左腕も負傷している。アーリーンは自分がルーベンに見下されているのではないかと怖れ、もしルーベンが傷ついていなければ、自分など決して相手にしなかっただろうと想像して卑屈になる。一方ルーベンもまた、アーリーンの魅力に惹かれながら、彼女を見下している自分や、醜い自分を卑屈に思う心と闘っている。少年の目から見れば孤独な者同士が寄り添うことに何の疑問もないのに、大人ふたりがもがき、苦しみ、わかりあってゆく過程は珠玉の恋愛小説といった雰囲気がある。
世界は変わらないとしても、もしかしたら、自分だけでも少しいい方向に変われるかもしれない。そんな風に思わせてくれる作品である。
……正直にいえば、ストーリーをばったぎっちゃうと「少年版パレアナ」なので、もしかすると大人ふたりの恋愛ものに絞り込んでも楽しめたような……いやいや、そういうことをいってはいけないんでしょうけど、きっと。
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