目が覚めてみれば、やはりここは地獄だった。
 時間は止まってくれなかった。
           
    「最悪」 奥田英朗  講談社文庫

 川谷新次郎は、小さいながらも自分の鉄工所を持つ社長。しかし、新しくできたマンションの住人から騒音に関する苦情を受け、取引先には無理をいわれ、アルバイトの青年の引きこもり悪化に頭を悩ませる日々。藤崎みどりは、銀行に勤めるOLで、口うるさい上司や、用もないのにカウンターにやってきたがる老人などの相手に苦労しながらも、ごく普通の生活を送っているはずだった――親睦のための新歓キャンプで、支店長からセクハラをされるまでは。セクハラをもみ消そうとする上司や、それをきっかけに事を大きくしようとする上司など、銀行内の派閥争いに巻き込まれて、みどりの憂鬱は増す一方。野村和也は、時間はあるが金はないという状況に苦しんでいた。仲間のタカオから誘われて、工場からトルエンを盗み出すことにするが、それがきっかけでヤクザに追いかけられ、命まで狙われる羽目になる。絶体絶命の状況の中、ふとしたことで知り合った女にそそのかされ、和也はある銀行を襲うことを決意するが……
 ばらばらに生きてきた3人が、とんでもない最悪な状況下で出会ったとき、運命はさらに加速度的に坂道を転げ落ちる。どん底のどん底。いったいなにをどうすればいいのだろう。混乱で思考停止したまま、とにかく地獄へ突っ走る。
 「最悪」「邪魔」「無理」(別にシリーズではない)は、無関係な人々の日常を細かく描きつつ、彼らが出会ったとき……という形での物語だが、「最悪」はとにかく最悪。それぞれが最悪な上に、出会ったときには、あまりのことにそれぞれ思考停止してしまい、そのまま悪いほう、悪いほうと選択してしまうのだ。……ほんと、サイアク。
 スピード感のある物語世界に引きずり込まれ、長さは苦にならずにあっという間に読めるだろう。彼らの最悪な人生は、いったいどんな結末を迎えるのか。オススメ。




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