「なんでいつも死ぬことばっかり考えるんだ」
「愛と死がこの世のすべてじゃない?」
                
「猫背の王子」 中山可穂  集英社文庫

 芝居に己のすべてをかけている、王寺ミチル。主宰する小劇団カイロプラクティックは一部の熱狂的なファンに支えられてはいるが、紀伊国屋ホールまでは遠い。演技も技術もなく、ただ凄い存在感だけで他を圧倒するといわれているミチル。主演女優はミチルにおいしいところを持っていかれ、主演男優は制作という重荷も負わされ、それでも、皆でひとつの夢を見ていたはず――だった。主演女優のとつぜんの降板。そこには誰よりもミチルを理解し、ミチルの傍にいたはずの姫野トオルの裏切りが見え隠れした。トオル。岸田戯曲賞をとるのだ、と語ったミチルを支えると約束した男。そのトオルが、ほんとうに自分を裏切ったのか。真実を確かめる勇気がもてないままに、芝居は初日を迎える。
 「猫背の王子」の魅力は、当然ミチルに、そしてトオルにある。女たらしのミチルが誰よりも何よりも愛したものが芝居であり、芝居はイコールでトオルでもある。決して抱きあわず、唇さえもふれあわせず、けれどミチルはトオルを愛していたのだと、トオルさえいてくれたらやっていけるのに……、と泣く彼女の叫びの中に感じずにはいられない。
 自分とセックスしている夢を見て、目が覚めた。
 衝撃的ともいえる一行で始まるこの物語もまた、女性同士の恋愛を描いた作品のように見える。実際、ミチルは家庭教師先の年上の女性、由紀さんに苦しい片想いをしているし、ファンだという女の子やトオルの元恋人など、片端から手をつけている。
 けれど、ここにあるのは、愛しているのにふれあうことさえ出来ないふたり――ミチルとトオルの切ない恋愛だ。トオルを失ったとき、ミチルは自分のすべてでもあった芝居をも失う。「愛と死がこの世のすべじゃない?」軽くちゃかしたように口にしながら、ミチルの中には、たしかに愛と死ばかりがつまっている。では、彼女が芝居を失い、トオルを失ったとき、彼女は生きていけるのか――?
 それは、続編でもある「天使の骨」で明らかになる。




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