わたしが少女であったころ、
わたしたちは灰色の海に浮かぶ果実だった。
                
「麦の海に沈む果実」 恩田陸  講談社

 これは、私が古い革のトランクを取り戻すまでの物語である。
 この物語は、そんな出だしで始まる。文章から感じられるのは落ちついた雰囲気と、どこか冷めきっているといっていいほどの大人びた視線。揺るぎのなさと、どこか底のほうに沈んだ切ない記憶。
 しかし、実際の物語はこの序章とはまるで異なった雰囲気の……自分に自信なく揺らめき、十四歳という不安定な年頃である自分に悩みもがく理瀬を中心にすすめられる。「青の丘」にそびえる不思議な学園。「三月は深き紅の淵を」という物語に象徴される三月の王国。王国の主である不可解な校長、そして連続殺人事件。理瀬は思いがけないほど少しずつ学園にならされ、自分の意思を失っていく。謎の転校生、来てはならない二月に転入してきた伝説の少女だというのに。
 驚くほどにけれん味たっぷりの物語。「六番目の小夜子」にあった謎の転校生ネタや、「塔晶夫」や「三月は深き紅の淵を」などのファンを楽しませる小道具、その中でのわいわいと集団で謎解き談話を交わすいつものパターン、楽しいネタがあまりにも詰まっていて、けれんがありすぎるとか馬鹿らしいとか、そんなことをいう気も失せてしまうのだ。学園の存在もだが、登場人物もあまりにも現実離れしすぎていて、かえって納得してしまう。
 雨の日、この物語のもつ灰色の雰囲気にどっぷりつかるのもまた一興かもしれない。



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