読んでみたい、その本を。時間を忘れて、むさぼるように本を読む幸福。そういう喜びを知ってはいるけれど、最近ではなかなか体験できない。読書経験を積めば積むほど、本に対してすれてくるし、感動も鈍ってくる。
               
   「三月は深き紅の淵を」 恩田陸 講談社

 鮫島功一は、履歴書の趣味欄に「読書」と書いてしまったことから、年に一度若手社員が招かれるという会長宅での宿泊に参加することになる。待ち受けていたのはそれぞれにクセのある4人の男女。そこで功一はひとつの賭けを提示される。この家の元の持ち主が持っていたという一冊の本『三月は深き紅の淵を』。ただ一夜しか読むことを許されず、ごく一部の人々の間にしか流通しなかったその本を探しあてること――4人のうちでもすべてを読んだことがない者さえいる4章からなるその本。語られる物語として『三月は……』を知った功一は、ぜひその本を読みたいと切望する。手がかりはダイイングメッセージとして残された「ザクロの実」という言葉、ただひとつ……
 「黒と茶の幻想」「冬の湖」「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」「鳩笛」。それぞれに趣の違う4つの物語。その本にまつわる多くの謎に魅了されない者がいるだろうか。出し惜しみするかのように語られる物語、そして「本」や「本を読む」ことについての数々のおしゃべり。いつしか功一とともに、読んだことのない『三月は深き紅の淵を』に引き込まれている自分がいる。
 短編集。といっても、それぞれの本には隠された関連性が存在する。そのつながりを探してみるのもおもしろいだろう。もちろん『三月は深き紅の淵を』という本そのものも深くかかわっている。
 恩田陸の小説の中では、いわゆる「おしゃべり小説」に位置づけられる作品か。登場人物がだらだら語る話が苦手な人にはススメないが、恩田陸が好きな人、登場人物たちのおしゃべりに耳を傾けるのが好きな人などにはオススメ。



オススメ本リストへ