「末世ですよ、若旦那。いつまでもこんな世の中が続くものですか」
               
 「真砂屋お峰」 有吉佐和子  中公文庫

 日本橋の石屋の三男に生まれ、部屋住みよりはと大工を志した甚三郎に見合いの話が舞い込んだ。相手は代々続く材木屋、真砂屋七衛門の孫娘お峰。降るような縁談を片端から蹴っていると聞き、さぞやすれっからしのお嬢さんだと思いながら渋々見合いの席に行った甚三郎が目にしたのは、化粧っけもなく木綿を身にまとった清楚な少女だった。断るつもりで出かけた見合いの場だったのに、甚三郎はひと目みたお峰のことが忘れられなくなる。一方、七衛門とお峰のほうも真砂屋の身代には興味がなく一本気で誠実な甚三郎に惚れこみ、さまざまな経緯を経て、甚三郎は真砂屋の養子となる。だが、そのころ江戸では火事が続き、材木の値段が跳ね上がっていた。誠実な商売を続けようとしてもそれがかなわない現実。
 きなさんからの就職祝いオススメ本。
 真砂屋は家風が厳しく、着物一枚作るのにも苦労していたお峰だが、あるとき、金貸しの存在を知ったときから、箍がはずれたかのように贅沢三昧、湯水のように金を使い出す。もちろん、読み手としては、そのときまでにはお峰がどのような性質の女性なのかをよく知っているので、そのように金を使うのには訳があることは重々承知している。それでも、これがいつ夫の甚三郎にばれてしまうんだろうとか、この遊興の行き着く果てはなんだろうとか、いったいどんな理由があるんだろうとか、ぐいぐい引き込まれてしまい、ページを繰るのがもどかしいほど。その意味ではほんとうによくできたサスペンスであり、ミステリである。いまだったら「このミス」とかにランキングされてもおかしくない。
 すがすがしい夫婦の物語。最後の一行にふっと頬が緩む、そんな佳品である。



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