「いつもあなたを見つける度に、ああ、あなたに会えて良かったと思うの。いつもいつも。会った瞬間に、世界が金色に弾けるような喜びを覚えるのよ」
「ライオンハート」 恩田陸 新潮文庫
1978年、ロンドン。ロンドン大学法学部名誉教授エドワード・ネイサンが姿を消したところから、この本は始まる。だが、それは「物語」のはじまりではない――謎めいた序章のあとにやってくるのは1932年のロンドン近郊。アミリア・エアハートの到着を待つ人々の群れだ。失意の青年エドワードの目の前に現れた、熱に浮かされたように、予言のような、うわ言のような言葉を口走る少女エリザベス。
「あたし、会えたのが嬉しくって、すっかり忘れていたわ。あなたは、今日初めてあたしに会ったんだったわね」
「これから四十五年ほど先に、あたしはあなたとロンドンで出会うの。あたしは仕事であなたを訪ねていき――あなたはあたしのことを知っていたわ」
その言葉が真実であるなどと、どうして信じられようか。
だが、それこそが彼らの宿命。一瞬だけの、束の間の出会いがくり返されてきたのだ。過去も、未来も。深く愛しあいながらも決して結ばれることのないふたり。繰り返し、繰り返し。時が夢みるままに。
エドワード・ネイサンという名でぴんときた人も多いと思うが、これはロバート・ネイサン「ジェニーの肖像」のオマージュとして書かれた作品なのだという。時間SFというジャンルではけっこうありがちなネタを扱ったものだが、一話一話にそれぞれ対応する絵画が用意されている、という趣向がよい。まずは扉の絵を眺め、ここからどんな物語が紡ぎだされてゆくのだろうかと考えるのも楽しいからだ。全体がミステリ仕掛けになっているだけではなく、一編一編に細かい仕掛けがなされているところも、なかなかおもしろいのではないかと思う。ミステリーとしても恋愛小説としても楽しめる一冊。
ただ問題は……わたし、この本を読む前に、「白い薔薇の淵まで」が山本周五郎賞をとったときの選考委員の言葉を読んでしまっていたのですね(「ライオンハート」も候補になっていたのです)。しかも、その当時は可穂さまと同じくらいに恩田陸もけっこう好きな作家だったので熟読に近く読んでしまっていたものですから、いまいち素直に楽しめなかったという……残念。
しかしながら、もし「この物語を読んでみたけど、他の人はどんな感想?」って思ったときに、あの選考委員の言葉はなかなか鋭い視点からのものだと思う(さすがプロ)ので、機会があれば、そちらもぜひ読んでもらいたいものである。で、ついでといってはなんですが、この作品を気に入った方も……これをおさえて賞をとった中山可穂ってどんな作家かしら、と思ったら、ぜひ「白い薔薇の淵まで」を。やはり受賞作と落選作の差を感じますって、絶対。
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