「なんでだよ」叫びは割れて、船倉内に耳障りに反響した。「彼女はおまえの気持ちに応えない。応えられないんだ。魂のない機械も同然じゃないか。そんなもののために、そこまで犠牲を払うな」
                 
 「ラ・イストリア」 仁木稔  早川書房

 2256A.D.、サンタ・ロサリリータの密入国仲介業"案内人"のアロンソは、その全身あばたに覆われた姿により、人々からは歳相応には思われていなかったが、まだ17歳の少年だった。だが、子どもだと思われてなどいられない。疫病と貧困とがはびこるこの世界で、アロンソにはいやいやながらも守らねばならない家族があったからだ。貧弱な身体と幼い精神しか持たぬスサナ。聾の幼女イサベリータ。下半身を失い車椅子で暮らすファニート。そして、男でない男であるグラウディオと、眠ったきりの少女ブランカ。ラティノアメリカのあらゆるコンピュータを制御できる知性機械サンティアゴの生体端末であるブランカは、直接的な刺激に反応し、質問に対して情報をアウトプットすることはできるが、自発的な運動はできない人形と同じだった。ファニートは人形のようなブランカに無垢な愛情をむけるが、力がなければ、この荒れた世界でブランカを守ることなどできはしない。ささやかな幸福を得る間もなく、ただただ悪化する日常。そして、自らの弱さに歯噛みするファニートにグラウディオが与えたのは、ブランカを守る力であると同時に、少年から徐々に人間性を奪うウイルスだった。生体甲冑(アルマドゥラ)へと変わるファニートに、疑念を抱かざるを得ないアロンソ。物語は、アロンソを中心とした2256A.D.と、2244A.D.が交互に語られる。2244A.D.、赤子の姿をした生体端末を抱え、人類の英知を貯蔵する洞窟から一人立ち現れたグラウディオ。彼の望みは、彼の真の目的はいったいなんだったのか……?
 「グアルディア」より遡ること数百年。世界設定だけで面白いのは前作どおり。アロンソにしろグラウディオにしろ、超絶的な美貌を失った過去を持っていたり、旧時代の知識と触れたことがあったりと、一筋縄ではいかない。「グアルディア」を読んでなくてももちろん楽しめるのだが、本作の生体端末ブランカと、グアルディアの生体端末アンヘルとを比べながら読んでいると、ラストにどっきりが待ちかまえている(ネタばれぎりぎりか?)。
 グラウディオが何を考えていようと、アロンソが何を恐れようと、ファニートの純粋な恋の前には、何もかもが消えうせる。無垢な恋が起こす醜悪な奇跡。これは読まなきゃ損ですよ。




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