知識は決して余計なものではありません。
               
 「怖い絵 3」 中野京子   朝日出版

 ここに一枚の絵がある。田園風景の中にしつらえられたベンチに座る、ふたりの若い夫婦の肖像画だ。背後に広がる田園風景が意味するもの。それは、前景の若きふたりの夫婦の財産目録。絵を見ただけで、唸るほどの財産、そこからくる社会的地位が明らかになる。高価なサテンのスカートの奥方と、粋なポーズを決める夫。この絵のどこが怖いのか? ……怖いのだ。実は、この絵の裏に隠されたものを知っていれば、この絵はなんともやりきれないほどに怖い、ぞっとする絵なのである。
 「怖い絵」シリーズも、この3巻目で完結だという。
 見るからに怖い、血まみれの首や痩せ衰えた死神、骸骨などの絵ばかりではない。愛らしい幼児の立ち姿や、このようにのどかな田園風景の背後にある怖さを教えてくれる、このシリーズはそんな本だ。ただ眺めただけでは気づかない、その当時の歴史的な背景や事情を含んだ上での解説。知らなければ怖くない。けれど、本当にそれでいいのだろうか? 作者があとがきで書いているように、「その絵が生まれた時代の眼で見たとき」、絵画は「豊かな物語をはらみ、画中の人物は生き生きと動いて」見える。
 己の感性だけで絵を眺めるというのも悪くはない。けれど、一枚の絵の裏に隠された歴史や、さりげなく描かれた小物のいわれなどを知ることで、絵画をみる目ががらりと変わる、そんな感覚を味わうのもいい。美術好きな人もそうでない人も、きっと楽しめる一冊。




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