あれから、彼女は飛び立ったのだろうか。
 いま、どこかで飛ぶことができているのだろうか。
                  
 「光媒の花」 道尾秀介   集英社

 全六章からなる物語は、少しずつ重なり合い、人が、同じ風景を違う視点で見ていること、違う視点から見た風景には、もしかしたら恐ろしい真実、哀しい事実、そんなものが隠れているのでは、ということを浮かび上がらせる。
 昆虫学者になりたいと願う少年は、ある日、川原で同じクラスの少女と出会う。少しずつかわされる会話。けれど彼には、少女がどれだけ傷ついていたのか、小さな袋に世界を閉じ込めることができる――そのことの本当の意味を、理解することはできなかったのだ。
「一生懸命頑張れば、この袋の中に世界中の虫を捕まえることだってできるんだよ」
 彼女の言葉の意味がわかるのは、世界が崩壊してからだ。
 他人を傷つけてしまった過去、傷つけられた過去。そこに囚われて動けなくなってしまうか、そこから立ち上がり、新たな未来をつかもうとするか。それぞれの選択が、その後の生き方を決めてゆく。
 出来事や人、地域が重なっているだけではなく、物語のあちらこちらに登場する蝶や草花といったものも、物語の描く世界を浮かび上がらせるうえでの、重要なポイントになっている。
 「向日葵の咲かない夏」などに見られたような、反則ギリギリの技巧がない分、しっとりと落ち着いた感じのミステリに仕上がっている。これまで道尾作品が苦手だった人にもオススメできる作品。




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