脳は信念と疑問の間を揺れ動いていた。彼女は転落を恐れてなどいなかった。どこまで落ちようとかまわない。
         
 「氷の天使」 キャロル・オコンネル(務台夏子訳) 創元推理文庫

 ニューヨーク市警巡査部長、キャシー・マロリー。どんな相手にも(育ての親にさえも)マロリーとしか呼ばせず、クールに振る舞う彼女は、主にハッカーとして発揮される天才的な頭脳と、泥棒の精神と、癒しきれない心の傷を抱えている。尾行することさえ不可能な美しさを持つ「ミステリ史上最もクールなヒロイン」とされるマロリーのシリーズ、第一弾。
 裕福な老婦人ばかりを狙う連続殺人犯を追っていた父親代わりの刑事マーコヴィッツが殺され、それまでコンピュータ専門で実地の捜査には足を踏み入れたことのなかったマロリーが周囲の思惑など知らん振りで独自の捜査を始める。決して涙を見せず、善いことと悪いことの区別さえも曖昧で、ただ目的のために突っ走るマロリーの前に現れるのは、ゴシップ好きな老婦人たち、あやしげな霊媒、自閉的なチェスの天才や、頬に傷のある少女。マロリーを崇拝し、彼女の唯一といっていい友人たらんとするチャールズに見守られながら(とはいえ、チャールズにできるのは、ただ、マロリーを見守ることだけなのだが)、マロリーが見つけた出した真実とは。
 キャラが立っている、という言葉があるが、この作品にこそその文言を献じよう。マロリーもチャールズも、思い出の中にだけ出てくるとはいえ、マロリーを育てたヘレン、マーコヴィッツ、とにかく出てくる人々が、いい。
 それにしても。善悪を問わない性質だとはわかっていても、最後のマロリーの選択にはぎょっとさせられるのではなかろうか……いいのか、これで。一応、警察官でしょ?
 「クリスマスには少女は還る」で見せた手腕がここでも発揮されている。最後まで気の抜けない、そしてあるイミではとんでもない結末まで、どうか読みすすんでいってもらいたい。



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