「気にしなさんな。それより、いい気分だったろ。好きな着物がきられて。多分、一生おぼえてるだろうし、いつ想いだしても、はじめて気に入ったものを着たときのことは、いい気持ちのものだよ。」
「きもの」 幸田文 新潮社
四人きょうだいの末っ子に生まれたるつ子は、幼いころから身につけるものにだけはうるさい女の子だった。見た目、着心地、肌ざわり。肌にあわないものを身につければ具合が悪くなり、家族からはわがままで強情だといわれる。けれどるつ子にとっては譲ることのできないことだったのだ。
物語は、るつ子という女の子の成長を、おりおりに身にまとう着物をエッセンスとしてすすめられる。木綿、羽二重、メリンス、銘仙、縮緬、と漠然としか違いのわからないわたしでも、るつ子の感じる気持ちのよさ、悪さといったものを中心にして、さまざまな着物と出会うことができる。それは晴着だったり、振袖、割烹着、ゆかた、喪服、通学着であったりする。
末っ子で甘やかされていたようなるつ子だが、驕慢な長姉が嫁ぎ、我儘な次姉も嫁いでしまい、身体を弱くして寝たきりになった母の面倒を祖母とふたりでみることになる。姉たちの性格が夫によって染められていく様子をそれこそ肌で感じながら、るつ子は自分の将来を漠然と思う。
就職祝いに「律儀でいい人」(本人曰く、ラヂオの時間のマルティン神父のよう…だとか)から紹介してもらった本。
淡々とした筆致ながら、実はるつ子の身のまわりにはさまざまなできごとがふりかかっていて、その対応ひとつをとってみても、その当時の女性の身動きのとれなさ、閉塞感といったものも感じられる。着物から洋服になったとき、女性の生き方といったものも変わってきたのだろうか。女学校を出た後のるつ子の生き方を現代のわたしが憐れむのは間違っているのだが、あまりにも選択肢の少ない人生に胸が痛くなったことは事実である。なんかこう、最後の一文あたりは、他人によってしか生きられない女性といったものが生々しく出てきて、ちょっとたまらない印象であった。
男性と女性とでは読み方が異なるのかもしれないし、同じ女性でも感じ方は異なるとは思う。そういう意味では、ほかの方々の感想などもききたい一冊である。
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