「では、その最後のオブジェが本当にそこにあったとして、それを探し出すことがなぜそんなに重要なのか、教えてください」
「不完全な函から生まれれば物語も不完全となり、それはわたしが非常に嫌うところだ」
「形見函と王妃の時計」 アレン・カーズワイル(大島豊訳) 東京創元社
ニューヨーク公共図書館に勤めるレファレンス係りの司書アレクサンダーは、ある日、慇懃に近づいてきた老人の図書請求票に夢中になる。目のさめるような古い様式の筆記体で書かれた請求票が求めているのは『十八世紀製家具の秘伝の仕切り』。囲われたものならどんなものでも好きな「ぼく」にとって、嗜好をともにする相手との出会いは胸が踊るものだ。しかも、その老人、ヘンリー・ジェイムズ・ジェスン三世は、器械仕掛けや稀覯本のコレクションに熱心に取り組み、「ぼく」はますますジェスン氏に夢中になる。そんなある日、ジェスン氏が申し出たのは、時間外の仕事……ジェスン氏のコレクションの一つ、ある発明家の形見函の最後のひとつの仕切りに収まるべきものを探すという依頼だった。古い伝記をひも解いて、その仕切りに収まるべきものが王妃マリー・アントワネットの懐中時計だと知るアレクサンダーだが、ジェスン氏の仕事のせいで家庭は崩壊、そして仕事のほうもあやしくなってきていた……
「驚異の発明家の形見函」と複雑にリンクした物語。訳者あとがきにもあるが、これは単純な続編でもないし、単に背景を同じくしているということでもない。この絡みあいようの複雑精緻な美しさには、ただただ感嘆するしかないのである。
それにしたって、物語の構成、謎解きのおもしろさもさることながら、登場人物の……というか、作者の図書館オタクぶりが、もう腹を抱えて大笑い。そもそも主人公と後に妻となる女性との交際は、264枚もの請求票のやりとりを経ての結婚である。ジェスン氏にしても、著者名にふたりの名、その下にジェスン氏の住所、記述欄には六時、日付、巻数の欄に次の月曜日、と記した請求票をアレクサンダーに渡すことで、彼を釣り上げる(そのときアレクサンダーが答え代わりに記した書名が、『堕落した図書館員事件』である)。そしてまた、分類マニアな人々。図書館内で行われる競技では、「南イエメンの未婚母親に見られる鬱病」=「六一六・八五二七○○八六九四七○九五三五五」なんていうレベルの分類番号が競われる。DDCの複雑極まる数学的な合成物の「美しさ」を理解する人々による競争……って、あまりのことに大笑い。いやはや。
平凡な司書が出会った秘密の函と、それがもたらした冒険の数々。「驚異の発明家の形見函」と合わせて、ぜひこのおもしろさを堪能してもらいたい。
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