「ぼくは器械師になりたいだけです」
「馬鹿を言うでない。そのような活動を認めるギルドなどどこにもない。そんな言葉が辞書に載っているかも疑わしい」
「驚異の発明家の形見函」 アレン・カーズワイル(大島豊訳) 東京創元社
1983年春、「わたし」はパリのオークションで狙っていた美しい地球儀の競りに負け、がっかりしながら出品を眺めていて、その函に出会った。十の仕切りで区切られた引出し状の函の中には、がらくたとしか思えない品物が収められていた。しかし、競り落とした直後に、イタリア人の紳士によって、実はわたしは大変な掘り出し物をしたのだということを教えられる。その函は、18世紀末、産業革命直前のフランスで素晴らしい活躍をした発明家、クロード・バージェの形見函。彼の人生の折々の記憶、思い出を秘めた品物が詰まっていたのだ。広口瓶、鸚鵡貝、編笠茸、木偶人形、謹厳、胸赤鶸、時計、鈴、釦、そして空の仕切り。わたしはクロードの人生を追いはじめる。
1780年、少年クロード・バージェは野心に燃える外科医によって、右手中指を故意に切り落とされる。そのきっかけを作ったことを悔い、少年への哀れみと、少年が類稀な芸術の才能を秘めていることを知った領主、ジャン=バプティスト=ピエール=ロベール・オージェ(尊師)は、クロードを手元におき、少年に独自の教育を施すようになる。尊師のもとで自らの才能を伸ばしてゆくクロードだが、少年には決して見せない尊師の秘密の生活のことも気になっていた。マダム・デュボアとは何者で、尊師は彼女といったいなにをしているのか? そしてある夜、少年は尊師がマダム・デュボアを殴り殺す場面を目撃し、恩師に裏切られたような思いを抱いたまま屋敷を出て、一路、パリへと向かう。だが、そこはクロードのようなどのギルドにも属さない若者が暮らすには、あまりに苛酷な街だった。そしてさまざまな苦難を経て、恩師と再会したクロードが知ったあの夜の真実とは。
運命の女性との出会い、書店の徒弟としての抑圧された暮らし、そして恩師との再会……二転三転するクロードの人生が、形見函に収められた小物とともに語られる。美食家の御者や、変わり者の剥製師など、クロードの周囲にいる人物たちもみな個性的で魅力たっぷり。
自動人形を産み出すにいたる驚異の発明家の物語。形見函の語る物語に、耳を傾けてはみませんか?
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