「どこかにいるのよ、王が。それが誰だか知らないけど、そいつが黄海は遠いとか怖いとか言って怖じ気づいている間に、どんどん人が死んでるのよ!」
         
     「図南の翼」小野不由美 講談社

 先王が亡くなられて二十七年。街なかにさえ妖魔が出るほど国は荒れ、安心して外を歩くことも眠ることもできなくなった。そんな中でさえ、食べものにも着るものにも困ることなく、何不自由なく育った豪商の娘、珠晶は、家の中から有り金をさらい、騎獣に乗って蓬山を目指した。大人が誰も王にならないというのなら、あたしが王になってやる――。旅の途中に偶然知り合った利広、朱氏の頑丘とともに黄海へ足を踏み入れた珠晶。襲いかかってくるのは妖魔ばかりではない。飲めない水、ひる。昇山の者は珠晶たちの他にもいる。身を守るための知識をわけるべきではないかという珠晶と、その必要はないといって対立する頑丘。大人のずるさなのか、自分が子どもなだけなのか。ついには決定的な亀裂が生じ、珠晶は頑丘たちと別れ、別の昇山者と行を供にすることになる。だがそこで感じたのは、生き延びようとする意志を持つ者と、他者に依存しきっていた人間との決定的な違いだった――
前作「風の万里、黎明の空」では90年の治世を誇る恭国、供王。そのときにもかなりインパクトのある存在だったのだが、王になる以前からも変わらない。自分が綺麗に着飾り、お腹いっぱいに食べているときに貧しい暮らしをしている人がいること、それをちゃんと知った上で、過度な慈悲は真に相手を救うことにはならないことまで理解している。
それにしたって麒麟をひっぱたくなんてこの人しかできません。さすが(笑)。



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