完全に修復の道は断たれたと思った。自分の本性を見た気にもなった。これまで穏やかでいられたのは、追いつめられたことがなかったからだけなのだ。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　「邪魔」　奥田英朗　　講談社文庫

　高校二年生の裕輔は、とりあえず学校に行って、大学進学を考えているようなフリをしているが、実際のところは何も考えてなんかいなかった。夜、繁華街で仲間と遊ぶ方が楽しいし、このままでも人生なんて何とかなると思っていた。しかし、ついうっかりおやじ狩りしようとした相手が警察官、しかも内部調査中の刑事のいざこざに巻き込まれたことから、裕輔は否応もなくやくざとまで関わっていくようになってしまう。
　一方、数年前の事故で、妻とお腹の中の子どもを亡くした刑事の九野は、服務規程違反の同僚と話がかみ合わないことに苛立ちを感じていた。そんな彼の慰めになるのは、義理の母の存在だったが、それさえも心ない噂によって勘ぐられているようで気分は良くない。
　主婦の及川恭子は、スーパーでのパートでちょっと苦労をしたり、日々のやりくりに工夫が必要だったりはするが、それなりに平凡な日々を送っていた。ところがある日、恭子の夫の勤務先で放火事件が発生したことをきっかけにして、恭子の胸に黒い闇が広がり始める。以前から、金銭に関しては手癖が悪いようだった夫……今度の放火事件の裏にも、夫と関係があるなにかがあるのでは？
　放火事件をきっかけにして、それまでごく平凡な日々を送っていたはずの人々が坂道を転がるようにして生活を壊され、互いに知り合っていく。だがその知り合い方も、決してよい知り合い方ではない。
　三人の中ではまだまともなほうに見えた九野の、まさかの展開にもびっくり。
　「最悪」「無理」、そしてこの「邪魔」。どれも平凡な人が坂道を転げ落ちる話。人というのは、ほんのわずかなきっかけで己を見失ってしまうものなのかもしれない。そんな恐怖を与える作品。オススメ。




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