「あの三人だ!」と僕。「テレンス、あれがだれかわかるかい? ボートの三人男、犬は勘定に入れません!」
    
          「犬は勘定に入れません  あるいは、消えたヴィクトリア朝花瓶の謎」 コニー・ウィリス(大森望訳) 早川書房

 「ドゥームズデイ・ブック」から3年後のオックスフォード大学史学部。ロンドン大空襲で焼失したコヴェントリー大聖堂再建計画に燃えるレイディ・シュラプネルの元で降下(時間旅行)を繰り返し、ふらふらになっている学生、ネッド・ヘンリーが主人公。「主教の鳥株」という花瓶を探すために、一週間で12回も降下を繰り返したため、重度のタイムラグにかかったのだ。見当識喪失、無関係な問題への執着、過度の感傷。目は霞み、耳はよく聞こえず、初めて出会った女性に恋をする……そのような状況の中、21世紀にいてはレイディ・シュラプネルからは逃れられまいと、ダンワージー教授が彼に与えてくれたのは19世紀ヴィクトリア朝の休暇。ただし、与えられたごく簡単な任務をこなすこと――それが何だったのかさえ、ネッドには理解できなかったのだが。ろくに知識もないままに放り込まれたその地で、ネッドは陽気な学生テレンス、ぶっとび教授のペディック教授などと知りあうのだが、実はネッドに与えられたのは、時空連続体の存亡を賭けた使命だった――
 本格ミステリおたくのヴィリエティ(彼女も21世紀の学生)とともに、タイムラグぼけした頭をひねるネッドには思わず笑ってしまうこと請け合い。同じネタでも、「ドゥームズデイ・ブック」の悲劇性はかけらも見えず、細かい笑いどころが満載されているサービスたっぷりの作品になっている。こんなに何度も降下していいのかと思うし、規則は破るためにあるという信念のもとに公私混同しまくっているレイディ・シュラプネルの存在が大きくて笑える。SF小説であり推理小説であり、ユーモア小説であり恋愛小説でもある。読み応え充分の作品であることは間違いない。ヒューゴー賞・ローカス賞受賞。



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