空は菫色に変わり、一番星が南東から昇ってきた。キヴリンの手はまだ祈りのかたちに組まれたままだった。
「ここはきれいです」
「ドゥームズデイ・ブック」 コニー・ウィリス(大森望訳) ハヤカワ文庫
時間旅行が可能となった未来。中世史科の学生ギヴリンが1300年代へとむかう。しかし、ギヴリンを指導したダンワージー教授は、あまりにも杜撰な中世史科のやり口に不安をぬぐいきれないでいた。彼女はちゃんと予定通りの場所に、予定通りの時間についたのか。人殺しや泥棒、なにより病気の数々。予防接種を受けているとはいえ、ほんとうに大丈夫なのか――ダンワージーの心配の種はつきない。折りしも、21世紀こそ、ダンワージーの周辺をはじめとした未知のウィルスで人がばたばたと倒れ始めていた。そして1300年代に到着したギヴリンもまた、高熱におかされ、倒れていたのだ。彼女は無事に生きのび、未来へと帰れるのか。
ギヴリンにとって、1300年代に生きる人々は研究対象であり、過去の存在だ。最初のうち、彼らは遠い存在で、自分が生きている21世紀から見ればすでに死んだ人物なのだ、とある程度客観的な観点を持ってキヴリンは眺めている(もちろん、学生としては必要な視点だ)。けれど、彼らとともに暮らすうち、特に幼いアグネスとともに生活するうちに、ギヴリンにとって彼らはかけがえのない存在になってゆく。そして襲いかかる悲劇。ラストは涙なくして読めない。
とはいえ、この物語はひとりの学生の成長物語である一方で、ダンワージーの孤軍奮闘ぶり、頭の固い連中を相手に愛弟子を心配して走り回る教授の熱血ぶりも楽しめるようになっている。いわゆるイマドキの少年であるコリンとダンワージー教授の掛け合いは傑作。とはいえコリン自身も、放任主義の母親のもとでの孤独など、抱えるものは大きく、決して薄っぺらな存在ではない。
筋立て自体は非常にシンプルだが、それゆえにこそ感動できること請け合い。けっこう分厚い二冊だが、あっとうまに読めてしまうことだろう。ヒューゴー賞、ネビュラ賞、ローカス賞のトリプル受賞作。近年では絶対のオススメのSFである。
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