それは最初の音楽だった。茫漠とした、ただ果てしないだけの世界に放り出された人間が、音をただ鳴らすのではなく、美しく響かせることを思いつき、なんの手がかりもないまま、無から創り出した音楽だった。
            
   「船に乗れ! V 合奏協奏曲」藤谷治 ジャイブ

 三年生になったサトルは、二年の秋に起きた出来事のせいで、相変わらず周囲の人間とは少し距離を置いていたが、それでも少しずつ以前の関係を取り戻しつつあった。だが一方で、新生学園は大きく変わりつつあり、いままでとは違う優秀な一年生たちに、三年生となったサトルたちは圧倒されてしまう。そして例年どおりのはずのオーケストラもまた、副科の生徒を入れずに専科の生徒だけで編成される高度な集団となった。練習熱心な一年生を眺めながら、それでも自分が負けずに練習しようという気持ちになれないのはなぜだったろう。自分は「偉大」な音楽家、「並はずれた」音楽家、「優秀な」音楽家、「技術を習得した」音楽家……そのどれになれるのか。いったい、自分が本当に音楽家になれることなんてあるんだろうか。
 将来について、真剣に悩む第三部。悩みぬいた末にサトルはあるひとつの結論を下すが、同時に、サトルの周囲にいた友人たちも、それぞれの道を見据え始めている。そのため、この第三部ではそれまで曖昧にしか表現されてこなかったある人物の気持ちがはっきりと出てきたり、サトル自身、自分が抱えるひとつ(ふたつの?)の出来事に決着をつけることになったりする。だがそれは、決して明確な終わり、結末というものではない。生きていくということは続いていくということなのだから。迷い続け、悩み続ける日々が続くのだ。
 船に乗れば、船は揺れ、船酔いになる。船酔いがなくなったとしても、船は揺れ続けている。そのことを忘れてはいけない。
それでも……船に乗れ! と。大切なことを思い出させてくれた三冊だったと思う。オススメ。



「船に乗れ! T」
「船に乗れ! U」
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