僕たちは自分のやらなきゃいけないことの、主役にはなれないんだ。僕たちの人生の主役は音楽で、音楽の、この絶対的な美しさの前では、僕たちの喜びや悲しみ、怒りは苛立ちなんて、ほとんど意味なんてない。
「船に乗れ! T 合奏と協奏」藤谷治 ジャイブ
物語は、大人になった「僕」が、過去を振り返って物語る形式で進められる。母方の親戚は、母以外の全員が音楽家という家に生まれ育った「僕」、津島サトルにとって、音楽をやるのは当然のこと。物心つく前からピアノの前に座り、中学になってからはチェロを学んだ。しかも一方ではツルゲーネフやニーチェを読み、己を「高貴な人」だと思いこむような小生意気なガキ。しかし、学科なんてどうにでもなるといわれていた学科のせいで芸大付属高校に落ち、サトルは仕方なく、祖父が学長を務める新生学園の音楽科に進学する。ここを卒業してもどうせ三流の音楽家、せいぜいピアノ教室の先生になれるくらい……という将来からは目を背け、むしろ自分は学科さえなければ芸高レベルなんだという気負いをもって高校生活を送るサトルだが、そんな思いは新しくできた友人や、年に一度のオーケストラのための練習によってどこかに消えてゆく。個人がどんなに上手でも、全員が音を合わせるオーケストラは話が違う。指揮者から怒鳴られ、なじられ、呆れられ、誰かが叱られているのを聞きながら身をすくませ、くじけそうになりながらも練習するしかない。
フルートの天才美少年伊藤、勝気な美少女ヴァイオリニスト南、がさつなように見えて気配りのきく鮎川など、新しい友人たちは誰もが音楽と向き合って生きている。そんな中、サトルは南への恋心をひそかに育み、文化祭である曲を合奏することを持ちかけるが……
音楽青春小説。プロローグや、ふとした折にあいだに挟まれる文章から、なにかが起こったために、大人になった彼と高校生の彼とは違うのだ……ということが伝わってくる。それゆえに、練習と恋に夢中な高校生活はきらきらしていて眩しいほどだが、どこか切なくて、その眩しさゆえに胸が痛い。
主人公が哲学に傾倒するところとか、もうなんていうか、あるある、高校生くらいってこういうことが。と思える部分がたくさん。音楽に限らず、部活とか、なにかに夢中になって高校生活を過ごした人なら、共感できる部分が絶対どこかにあるに違いない。
全三巻。でも先が読みたくて仕方ない……! 実はずっと積読状態だったのだが、読み始めたらとまらない。おもしろいじゃないか。オススメ。
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