月光がラファエルの目の中で大きく散った。目をしばたたくと、月はまたまるくなっていった。そのうちいつか。そのとき月の光はまた彼の目の中でにじんで大きく散った。
                     
「ブレイブ」 グレゴリー・マクドナルド(安藤由紀子訳) 新潮文庫

 物語は、ある薄汚れた狭い事務所にラファエルというネイティブ・アメリカンの青年が訪ねてくるところから始まる。彼は知り合いのバーテンから話を聞き、大金を稼ぐためにやってきたのだ。生きたまま身体を切り刻むさまをビデオに収めたスナッフ・ムービーへの出演。ラファエルが金を稼ぐ手段として選んだのは、自らの死を売ることだった。
 就職祝いにきなさんからご紹介いただいた本。
 ラファエルに仕事の内容を話す"おじき"の台詞がいかにもどぎつく生々しく気味悪く、その部分を読んで、実はもうこの続きを読むのはやめようと思った。……のだが、せっかくご紹介いただいたので続きを読んだ。驚きかつ安心したことに、実はこの物語は、ラファエルが切り刻まれることを描写したものにはつながらない。
 "おじき"と契約を交わしたラファエルは、手付け金を持って家に帰る。家、といっても彼の住むモーガンタウンは誰からも、役所からも見捨てられた町だ。あまりにも貧しく、モーガンタウンを出て仕事を探すことさえできない。人々はなんとかゴミ投棄場から拾い上げたゴミを売り払うことで日々の飢えをしのぎ、酒を飲むことで憂さをはらす。ラファエルが自らの命と引き換えに金を手にしようとしたのは、妻と子どもたち、家族同然のモーガンタウンの人々をこの生活から抜け出させるためだった。いまなら自分自身の命が他人の役に立つ、と。ラファエルは妻と子どもにプレゼントを買って帰り、金の出どころについては仕事が見つかったとしか口にしない。そんな彼に、「そのうちいつか」ということばを口にする妻のリタ。それはラファエルがはじめて聞く将来の夢。ラファエルが持ってきた金によって、リタは将来のことを考える余裕ができたのだ。けれど、ラファエルにはリタとともに過ごせる将来はない……――
 薄い本なのだが、中に込められたものは重い。どう考えてもラファエルが"おじき"に騙されているのがわかるだけに、逃げちゃえばいいのに……! と途中で何度も思う。ラスト1ページでは思わず泣いてしまう、そんな本である。

 ところで、この本はジョニー・デップ監督・脚本・主演で映画化されているとか。
 うーん……そっちはどうなんですかね? 



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