難儀をしているときに示す情こそが、本物。
「銭売り賽蔵」 山本一力 集英社文庫
深川で銭売りをしている賽蔵には、いくつかの不安があった。日ごとに銭相場が高くなってきていること。公儀が五匁銀の通用を進めていること。そしてなにより、あらたにできた亀戸の銭座が、権力を盾にあらゆる手を使って深川の賽蔵たちの邪魔をしにきていること……。しかし、まっとうな商いを営む賽蔵には、養い親の時代から目をかけてくれる銭座請け人の中西や、鳶のかしら、英伍郎、同じ銭売りの仲間たちや、得意先の人々など、単なる金もうけだけではなく、働き方、生き方を大切にして暮らす人々がいた。銭を売ることで、人々の生活の支えになれば……賽蔵の志は、いつしか周囲の人をも巻き込んでゆく。
銭売り、という耳慣れず、しかも現在にはない商売を扱った作品のため、読み始めてしばらくの間は、すこし戸惑いがあるかもしれない。カネを扱う取引きと聞いて、どことなくうさんくさい感じもするかもしれない。しかし、実際には金貨や銀貨を町民の間で使われる文銭に取り替える銭売りは、庶民にはなくてはならない存在であり、だからこそ、そういう存在である人々がまっとうに志をもって生きていることが眩しいのである。
もちろん商売なのだから、儲けも絡むが、ただしそれだけではない。そんな賽蔵の心意気を知っているからこその深川の人々の行動もいさぎよくてすがすがしい。
山本一力の人情時代小説。しみじみと味わって読んでもらいたい。
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