「たしかに、そうだわ。今こそ、はっきりしたわ。私だ、私は本物じゃない。そうよ、そうよ。私が、あの……人造人間のひとりなんだわ……。わたしは今まで、知らなかった!」
「信じやすい少女の心」(「わが夢の女」)ボンテンペルリ(岩崎純孝他訳)ちくま文庫
「ナンセンス、アブノーマル・グロテスク。奇妙キテレツ痛快な短編集」と帯にあるとおり、しんじられないほどにナンセンスでときにグロテスクな話が収められている。
たとえば、患者そっくりの蝋人形を使って治療を行う医者の話。頭蓋骨に絵を描く墓守り。ここに収められているのは不思議に歪んだ話ばかりだ。ナンセンスの極めつけはおそらく「世界一周」。これが世界一周について語られる短編かと考えるのは大間違いである。いつ世界一周について書かれるのかと思っていると拍子抜けするのでご用心、というところだ。
そして、その中でも特殊な位置づけになろう一篇が、「信じやすい少女の心」。幼い少女、ミンニをからかうために、大人ふたりがちょっとした話をでっちあげる。魚をきれいだと眺めている少女にむかって、「そうだね、とてもよくできている」。あの魚はつくりものさ、と。
はじめこそ疑い深くたずねていたミンニだが、大人ふたりに真面目な顔で答えられているうちにだんだん魚がつくりものであることを信じてゆく。そこで、彼らはさらに、魚だけではなく小鳥や、人間さえもつくりものの連中がいる、という。しかも、つくりものであっても、本人たちはそれと知らない……そんな偽物の人間が世の中にはいるのだ、と。そしてミンニは気がくるってしまう。
さて、ここまで読んで「あれ……?」と思ったかた。そうです、P・K・ディック「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」と非常によく似ているとは思いませんか? 「アンドロ羊」を楽しんだことのあるかたには、ぜひこの短編集も、手にしていただきたいものだ。
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