「でもわたしは心の底から、彼女は一人の女性だと信じています。陛下、もし彼女の肉をお食べになれば、陛下の不滅の魂が失われる怖れがあるのです」
            
     「太陽の王と月の妖獣」 ヴォンダ・N・マッキンタイア(幹遙子訳) 早川書房

 1693年、映画を極める太陽王ルイ14世の住むヴェルサイユ宮殿。華やかなドレスを身にまとった女性たち、女性に負けず劣らず飾り立てた男性たちの繰り広げる恋愛遊戯と衣装比べ。その中にあって、フランス植民地マルティニーク島の修道院から、オルレアン公女エリザベート・シャルロット(マドモアゼル)の侍女に抜擢されたマリー=ジョゼフ・ドラクロアは、みずからを人々の中に溶け込まそうと必死になっている一人の少女に過ぎなかった。物語は、周囲の話題についていけないながらも必死にヴェルサイユの人々の真似をして暮らすマリー=ジョゼフのもとに、自然哲学者にしてイエズス会修道士の兄イヴ・ドラクロワが、王の命を受けた海洋探索から海の妖獣を連れ帰ったところから始まる。
 すでに死んでいる雄の妖獣の解剖、まだ生きている雌の妖獣の飼育を手伝うマリー=ジョゼフ。彼女はマルティニーク島では兄と同じく自然科学を学び、数学にも才能をもった女性であり、ヴェルサイユでの飾り立てることだけの生活よりも、兄の手伝いをするほうが性にあっていたのだ。しかし、解剖にしても飼育にしても、合理的な観点からではなく、すべてが王の都合によって決められてしまう現実。海の妖獣と心を通わせ、妖獣に高い知性があることを確信したマリー=ジョゼフだが、彼女の言葉に耳を傾けるものなど誰もいない。信頼していた人々の裏の顔を知り、これまでただただ崇めたてていた太陽王の弱さやずるさを知り、マリー=ジョゼフは命がけで妖獣を救い出すことを決意する。
 才能豊かな女性が封建的なヴェルサイユで生きることの難しさ、少女が成長していく姿のあざやかさを描いた作品。最初のうちは外見だけで男性を見ていたマリー=ジョゼフが真の愛に目覚めていくさまもよい。それにしても、途中、マリー=ジョゼフがあてこすられる無知な部分の中には、読んでてわたしもわからないところがあったのですが……わたしが無知なのか、それとも高度なあてこすりすぎてわからなくても当然??
 ネビュラ賞受賞。SFが苦手な人でも、歴史ものが好きな人だったらオススメ。



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