それがまさか……あの騒ぎは一体なんだったのか、逆さまにこちらがおたずね申したいくらいで、わちきゃそばにいても詳しいことは何も存じんせん。
「吉原手引草」 松井今朝子 幻冬舎
物語は、ある若い男が、吉原のあちこちを順に巡りながら、人々に話を聞いてまわる、という形式になっている。しかもそれは、引手茶屋にはじまり、見世番、番頭、抱え番頭新造……と、吉原で遊ぶときに通る順番になっているため、吉原が初めてだという男への案内はまた、読み手への案内ともなり、少しずつ少しずつ、謎めいた吉原の姿が明らかになってくるという趣向にもなっている。幇間や女芸者といった人物だけでなく、水揚げを依頼された粋人や、初めて吉原で男になった若旦那など、そこに息づく人々のすべてが描かれている、といってもよい。
だが、若い男はただ目的もなく吉原の話を聞いているわけではないらしい。葛城花魁。その名を出しただけで怒る者あり、関わりたくないと公言するものあり……どうやら、何か「騒ぎ」、それも下手に関われば首がいくつあっても足りないような大騒ぎを起こして失踪したらしいが、詳しいことは誰ひとり語ろうとしない。十年に一度、五丁町一を謳われ、全盛を誇っていた花魁。幼いときから利発で美しく、度胸もあったとされるその花魁の身に、いったい何が起きたのか? そして、人々が多くを語ろうとしない「騒ぎ」とは一体何なのか……
そもそも吉原という謎めいたところを舞台として、その場を解き明かしていくだけでもおもしろいのだが、そこに全盛を誇る花魁の失踪という謎が加わり、かなり面白いミステリーとなっている。何人もの人々が語る葛城花魁の姿の、いったいどれが本物なのか。そういう意味では、葛城の本性という謎をめぐるミステリーだといってもよいし、何重もの謎解きが含まれているということもできるだろう。
最後の最後に明かされる、思いがけなくも峻烈な真実まで、ぜひ。
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