みんなで、夜歩く。たったそれだけのことなのにね。
どうして、それだけのことが、こんなに特別なんだろうね。
「夜のピクニック」 恩田陸 新潮文庫
北高歩行祭。全校生徒が朝の八時から夜の八時まで、途中、休憩や仮眠をはさみながら、とにかくひたすら歩くだけ、ただそれだけの行事。前半、クラスで歩く団体歩行と、後半、誰と走ろうが歩こうが自由な自由歩行。意気揚揚と歩き始めた午前中が過ぎれば、とにかくひたすら暑さに耐え、足の痛みを忘れようと歩く午後、疲れと眠気とで朦朧とする夜、そして疲れのあまり思考さえ停止してしまう時間……なのに、どうしてだろう。終わってみればなにもかもが特別だ。そして、たったいま、疲れに朦朧としながら歩いている、その瞬間もまた、特別な時間なのだ。
甲田貴子にとっても、今年の歩行祭は特別だった。三年間、誰にもいえなかった秘密。もし密かな賭けに勝ったら、その秘密を……どうしたらいいのだろう。賭けそのものよりも、その後のことのほうが重いけれど、でも。
他愛のない会話の中に、受験直前の高校生が持つ一瞬のよころびや哀しみ、せつなさ、友情といったものが透けて見える。隠さざるを得ない秘密を抱える重荷と、友人に秘密をもたれてしまった哀しみと。自己嫌悪や嫉妬、感情をうまく表現できないもどかしさ。
視点が複数に設定されているので、本人の感情と、他者からみた姿とのギャップ、すれ違いといったものが際立つ。特に、貴子ともうひとりの主人公融の、互いを気にしながらもわかりあうことの難しい状況というのが、この「夜のピクニック」の見どころでもある。朝から昼、夜、そして夜明けといった時間の移り変わりが、疲労や緊張とともに移り変わる感情ともリンクしている。ただ歩いているだけなのに、どうしてこんなにおもしろいんだろう。オススメ。
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