「光が人の目をあざむきやすい時刻、眠りと目覚めの時刻。人間がもっとももろくなりがちな時刻。夜明け、現実は柔らかいヴェールにおおわれ、幻覚が作り出され、真実があざむかれる時刻。こういわれているよ、メイジー、一番暗いのは、夜明け前だと」
      
     「夜明のメイジー」ジャクリーン・ウィンスピア(長野きよみ訳) 早川書房

 1929年春、メイジー・ダブズはロンドン、ウォレン・ストリートのはずれに事務所を構えた。表札に書かれたのは"M・ダブズ 調査全般 親切丁寧"の文字。メイジーは自らの能力をもっとも活かすことのできる探偵となったのだ。
 初めての仕事は上流婦人の浮気調査。しかし、夫が思うような成り行きにはならず、むしろそこには、さらに広がる深い闇があった。戦争の記憶を抱え、身体にも心にも傷を追った人々が抱える暗い闇。そしてそれは、メイジー自身の戦争の記憶ともつながっていた。
 ミステリではあるが、物語はメイジーの現在から過去へと飛ぶ。女中だったメイジーは、その聡明さを見出され、雇い主のレディ・ローワンとその友人モーリス・ブランシュによって才能を伸ばす機会を与えられる。毎日の仕事の合間に本を読み、モーリスに与えられた課題をこなし、ついには女子大にまで進学したメイジーだが、戦争の影が刻々と迫っていた。やむにやまれぬ思いにかられて従軍看護婦となったメイジーに訪れた初恋。どんなときも自分自身を失わず、前向きに、ひたむきに生きる少女の姿がいとおしい。
 タイトルにあるように、メイジー自身もまた、「夜明け」にいる。一番暗い時間を生きている。けれど、それがそろそろ明けるかもしれないという期待を持たせて物語はしめくくられるために、読後感は悪くない。がんばり屋の少女の成長と謎解きがうまい具合に織り込まれている。
 アガサ賞、マカヴィティ賞受賞作。さらにアメリカ探偵作家クラブ賞、アンソニー賞、バリー賞にもノミネートされたという傑作。しみじみした味わいの残る作品を楽しんでもらいたい。



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