「ぼくの名前はまさかご存知ではないですよね」王子が言った。
「あなたは<待たれていた救い主>でいらっしゃいましょう」
「やっぱりそうなんですか」
              
「白馬の王子」 タニス・リー  ハヤカワ

「ファンタジー」ときいて思い浮かべるのはどんなものだろう。剣と魔法? 王子がいてドラゴンやら悪いやつらやらと闘って、白馬に乗ってお姫様を救って……人魚や巨人や悪い魔女などなどが出てきて。
 これは、そういう話である。
 自分がどうしてそうなってしまったかわからぬうちに「王子」は白馬に乗り、ほしくもない魔法の剣を与えられて黒い竜と闘う羽目になってしまう。自分がどこからきて、どんな名前かさえわからないのに、ただ「王子」である、それだけで。しかも一緒にいるのは、口がきけるのにしゃべれないふりをする馬(ライオンに姿を変えることもできる)。夜になれば正方形と卵形とハート型の月がのぼるこの世界で、王子はいったい、なにをしなければならないのか。ぼくはやだよ、こんなことしたくないんだよ、と情けない声をあげながら、成り行きでいろんなことに巻き込まれていってしまう。
 いわゆる「ファンタジー」というものを、極限までコミカルにすると、この物語になるのだと思う。どうやら自分は「待たれていた救い主」であるらしい、とわかっても、そんなのやだよといって、使命感に燃えない王子がまたいいのだ。これが下手に途中からやる気になられると、このおもしろさは半減してしまっていただろう。肩の力を抜いて読める一冊。



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