(あった。あった。あった!)
「砂の器」 松本清張 新潮文庫
東京、蒲田駅の操車場で、ひとりの男の扼殺死体が発見された。しかも電車の車輪の下に顔を仰向けに寝せてあるなど、犯人は顔を完全に破壊して被害者の身元をわからなくする意図があったようにも見受けられる。その冷静な残酷さ。捜査員たちは周囲の聞き込みに走り、あるトリスバーでようやく一つの情報を手に入れる。それは、被害者が誰かもうひとりの男と一緒にいたということ。東北弁のようなものをしゃべっていたということ。そして、彼らが口にしていたという名前らしき単語「カメダ」。
わずかな手がかりを元に地道な捜査を続ける刑事たち。だが捜査は容易に進まず、しかも、第二、第三の殺人事件が発生する。犯人はいったい誰なのか。刑事今西の昼夜を問わない地道な捜査が実を結ぶ日は来るのか――
松本清張といえば「点と線」か「砂の器」か……晩年の歴史ものもいいが、やはり推理ものにかぎる。
小説「砂の器」は、必死の捜査を続ける安月給の刑事を嘲笑うかのように、対照的な若者たち、才走った若手の評論家、音楽家、画家などのヌーボー・グループの面々が描かれている。誰が犯人なのかわからぬままに、しかし彼らの胡散臭さだけは伝わってくる。犯人は彼らの中にいるのか……? 行き詰まる捜査が今西のふとした折に目に留めた雑誌記事などからほぐれてゆく様がよい。
ところで、すでに映画、ドラマ化もされているこの物語は、そちらのほうでは最初に犯人が明かされる。今西の捜査ももちろんなのだが、犯人がいかにして男を殺さねばならなかったのか――小説においては最後に、今西が犯人に対して同情のような思いを抱くところがあるのだが、刑事が同情するほどの犯罪動機。ドラマはそのことを描くことが重点におかれているのだと思う。
とはいえ、原作は純然たる犯人探し小説なのだから、そういう意味で、原作を読んだことのない人がドラマを見たあとでこの小説を読んでしまうと、おもしろさが半減してしまうかもしれない。しかし、これがどのように脚色されたのか、を楽しむこともできるだろうし、やはり小説の持つ独自の世界のおもしろさは格別である。特に今西の地道な努力の積み重ねがものすごく、いい。楽しんで読んでもらいたい。
「砂の器」をもとに(?)描かれた漫画といえば萩尾望都「訪問者」。こちらは、「トーマの心臓」で脇役だったオスカーという少年の、ギムナジウムに入るまでの生活が描かれる。
父が母を殺したことを知りながらも、その父を愛し、かばう少年。父親の愛を失うことだけを怖れ、季節の移り変わりの中で成長してゆくオスカーのせつなさ、愛らしさ。機会があればぜひ(もちろん「トーマの心臓」とあわせて)お読みいただきたい。
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