「かまわん、走れ兄さん。これも阿呆の血のしからしむるところだ」
私は言った。「面白きことは良きことなり!」
「有頂天家族」 森見登美彦 幻冬舎
人間は街に暮らし、狸は地を這い、天狗は天空を飛行する。
そんな京都で暮らす由緒ある狸の名門、下鴨一族の末席をけがす「私」、下鴨家の三男矢三郎は、とにかくころころと姿を変えて化けている阿呆。今日も今日とて可憐な女子高生に化けて、地に墜ちた天狗、赤玉先生のご機嫌うかがいに参上する。かつて人間の少女に恋をした赤玉先生は、その少女が天狗よりも天狗らしくなり、弁天の二つ名を得てからも恋い慕っている情けない老天狗。とはいえ、矢三郎には赤玉先生に口には出せない負い目があり、いまも赤玉ポートワインを抱えて日参しているのだ。
悪名高き人間たちの秘密結社「金曜倶楽部」によって狸鍋にされてしまった偉大なる父、総一郎に比べ、かちかちに真面目な割に突発的なことに弱い長男矢一郎、何事にもやる気がなく、ついには蛙になって井戸の中に引きこもってしまった次男矢二郎、そして化けるのが下手ですぐに尻尾を出し、携帯電話の充電という些細な技ができるだけの末弟矢四郎と、タカラヅカ好きが高じて黒服の王子の通り名を持つ母。そんな家族の中で、普段は腐れ大学生に化けることの多い「私」の周囲に起るさまざまな事件。折しもかつて父総一郎がその座にいた「偽右衛門」の地位をめぐって、下鴨一族とは宿敵の間柄である夷川一族との因縁の対決が再燃する。しかも金曜倶楽部もまた、忘年会を前に鍋にする狸を探して動いていた……ここについに、人間、狸、天狗が入り乱れての大騒ぎがはじまる!
いくら人間に化けられるとはいえ、狸は狸。狸鍋にされて人間に食べられてしまう。
「私に食べられるあなたが可哀想なの」
「喰わなければよいのではないですか?」
「でも、いつかきっと、私はあなたを食べてしまうわ」
「食べてしまうわとあっさり言われても困ります」
なんて会話が交わされ、好きだから食べちゃうという人間と、どうせ食べられるなら美味しく食べてもらいたいという狸のそれぞれの心理の不思議。人間と狸だからこそ成り立つ切なくもおかしい台詞の数々。あり得ない話なんだけど、その根底にあるのは家族愛や友情、愛情といった普遍的なものである。
それにしても、ホント不思議な話を書きますよね、この人……
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