「わけがわからなくなるわね」とわたしはいった。「同じことに対していろいろちがう気持ちが出てくると。大嫌いと大好きと怖いと幸せとわくわくするのを同時に感じてしまうと」
          
 「霧のなかの子」 トリイ・ヘイデン  早川書房

 教師を辞め、大都市の総合病院にある子どものための精神医学危機査定ユニットで働くトリイ。九歳のカサンドラは六歳になるかならないかのときに実の父に誘拐された。二十六ヶ月のあいだ、彼女になにがあったかは誰にもわからない。カサンドラは最初はまるでしゃべらず、そしてしゃべるようになってから、彼女の話すことはすべて嘘だということがわかった。悪質な嘘つきで、暴力を振るい、自分を抑えきれずに大暴れするかと思えば、ひたすら黙りこくる少女。そんな少女とつきあううちに、トリイはカサンドラの一貫性のなさに理由があるのではないかと考え始める。
 トリイの預かるもうひとりの子どもは、ドレイク。三百キロ以上も離れた町の有力者である老人が、孫を見てくれといってきたのだ。女の子みたいに愛らしく、カリスマ性があって皆の人気を一身に集めているドレイク。彼はこれまでトリイが見てきた選択性無言症の子どもたちとはまるで違っていた。開放的でのびのびし、ひととコミュニケーションをとりたがっている彼が、どうして母親以外の誰とも口をきかないのか? 
 どんなに工夫を凝らしても、ふたりともに進展がなく思い悩むトリイだが、さらに脳卒中で話すことが出来なくなた老女ゲルダの様子も見ることになる。三人に対し、さまざまなアプローチを試み、真摯に向かいあってゆくトリイの姿は、やはりどのシリーズでも見られるように、真剣で美しい。
 ノンフィクション。物語だったらここで……と思うところでつまづくし、絶対成功だと信じて行なったことがいい結果につながるわけではない。一生懸命さがあだになって、あとでやりすぎた自分に自己嫌悪することもある。けれど、だからこそ読んでいて励まされることが多い。人間だもの、間違いだってするし、回り道だってする。でもいつか、きっとなにもかもうまくいく、と。シリーズ中でもかなりレベルの高い本になっている。かなりオススメ。



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