「おまえを好きになった」
「TUGUMI」 吉本ばなな 中央公論社
つぐみは意地悪で粗野で口が悪く、わがままで甘ったれでずる賢い。人のいちばんいやがることを絶妙のタイミングと的確な描写でずけずけ言う時の勝ち誇った様は、まるで悪魔のようだ……
なにせつぐみときたら、私、まりあの目からみたって美しい人形のような少女であるにもかかわらず……悪魔的な所業をやりたい放題。いたずらのためには自分の命さえもかけてしまうほどの情熱を見せるのだ。それでも、どこかつぐみのことが憎めないのはなぜだろう。
たとえば、つぐみはいっしょに散歩をしている犬のポチについてこんなことをいう。
「食うものがほんとうになくなった時、あたしは平気でポチを殺して食えるような奴になりたい。(略)……できることなら後悔も、良心の呵責もなく、本当に平然として『ポチはうまかった』と言って笑えるような奴になりたい」
おそらく、こんなことをいうつぐみなのに、彼女を憎めないのは、まりあの目を通しているからなのだ。まりあはつぐみの心や言葉よりもっと奥のほうに光るものを見ていて、その輝きに魅了されている。まりあがそうやってつぐみの輝き、外見だけではない本当の美しさを見ているからこそ、読んでいるわたしたちもつぐみに魅了されてゆく。
この話はある夏のできごとを描いたものだけれど、まりあとつぐみ、そして恭一とが織りなす風景は脆いほどに透明でなつかしいような雰囲気がある。潮の香り、夜の風、そんなものがふと香る。吉本ばななの作品は数あるのだけれど、わたしはこの話がいちばん好きだ。
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