「村の生活にだってずいぶんといまわしいことがあるものですよ。この世の中がどんなに悪辣か、あなたがた若い人たちが思い知らされずにすむといいと思いますけどねえ」
                  
「火曜クラブ」 アガサ・クリスティー(中村妙子訳) 早川書房

 ミス・マープルの家に集まった六人。甥であり作家のレイモンド、女流画家のジョイス・ランプリエール、老牧師ベンダー博士、弁護士のペサリック氏、前警視総監サー・ヘンリー・クリザリング、そしてもちろん、なにやら白いものを編みながらにこにこしている老嬢ミス・マープル。
 ふとしたことからこの六人が、火曜日ごとに集まって、かつて迷宮事件とされた謎について物語ることになる。完全犯罪とも見える事件について各々の意見を述べていくのだが、田舎のとりとめもない話をきっかけに推理を進め、あざやかに謎を解いてしまうのは、つねにミス・マープルだった!
 セント・メアリー・ミード村の片隅で、村から一歩も出ないような静かな生活をしながら、かえって人間性を観察する機会が無尽蔵にあるのだ――というミス・マープル。物語は火曜クラブで語られた謎六篇と、ミス・マープルに感動したサー・ヘンリーの勧めでミス・マープルを加えて催されたミセス・バントリーの晩餐会で語られた謎ときが六篇、そして最後、ミス・マープルが自ら動いて、自殺とされた村娘の死を他殺であるとサー・ヘンリーに犯人の名を告げに来る「溺死」を加えての十三篇。
 作中で、サー・ヘンリーがいう。
「あなたのおかげで私なども、人間性に対してすこぶる興味をおぼえるようになってきましたがね」と。
 なにもない田舎、しずかな生活、のどかな田園風景……と陳腐な修飾語で収まりきれないものが、どんな場所にもある。セント・メアリー・ミード村でミス・マープルが失わずに持っている観察眼、洞察力は、いまの時代に読んでも決して色褪せてはいない。

 それにしても、どうして最近(2003年末)やたらクリスティが復刊されているんでしょうね。不思議です。そして、クリスティ文庫(ハヤカワ)……微妙に大きすぎ。ブックカバーにきりぎり入るから許すけど(苦笑)。



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