初めて見つけたあの日、どれだけこの部屋が美しく見えたか。毎日の生活のなかで、ここがどれだけ輝いて見えるか。人間が発明したなかで、もっとも価値あるものはとたずねられたなら、それは文字であり言葉であると、迷うことなくわたしは答えるだろう。
「図書室からはじまる愛」パドマ・ヴェンカトラマン(小梨直訳) 白水社
1941年のインド。第二次世界大戦下のインドは、イギリスの支配下にありながらも、一方では、マハトマ・ガンディーの「非暴力不服従」による独立運動が国民のあいだに広まっていた。カースト制度の最高位であるブラーフマンの家に生まれ、何不自由なく育っているヴィドヤにとって、父親が独立運動の闘士であることは誇りであったし、ブラーフマンであることをかさにきて、威張り散らしている伯父一家は軽蔑の対象でしかなかった。伯母やいとこのように、結婚だけが女の幸せであるなどとは思わない。大学に行って勉強を続け、いつか自由に生きたい……――そう願っていたヴィドヤだが、デモ中の事故で大怪我を負い、廃人同様となった父親とともに伯父の家に引き取られてからは生活が一変してしまう。男と女が厳格に区別され、兄とでさえろくに話もできない息苦しい生活。だが、そんなヴィドヤを支えたのは、女性は入ることを禁じられた二階にある図書室だった。インドの、イギリスの、さまざまな世界の本。ヴィドヤはそこで世界とふれあい、自分自身を取り戻す。本は、広い世界へとつながる窓だったのだ。
ふだん、家の中のことにはまるで無関心にふるまう祖父が、ヴィドヤが図書室を利用することを許可してくれたことで、図書室で過ごすことの増えたヴィドヤは、そこでさらに、父親の妹の嫁ぎ先からやってきたラマンと知り合う。穏やかで物知りな読書家のラマンと語らううちに、ヴィドヤは彼に惹かれていくが、それでも、ときおりラマンが無意識にみせる女性への差別的な言動には我慢ができない。そして、ある日……――
抑圧された生活の中で、本だけによろこびを見出す少女の物語。といっても、けっして暗い話ではなく、インドの折々の記念日や風物を交えながら描かれる物語は、いきいきとしていて読みやすくなっている。
2009年全米図書館協会ヤングアダルトのためのベストブックスに選ばれた作品。
ボストン作家協会賞受賞。
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