きみは穏やかな目をして言った。
「明日の朝、みそ汁に青酸カリを入れるつもりでした」
               
      「遺言」(「天国旅行」所収)三浦しをん 新潮社

「やっぱりあのとき死んでおけばよかったんですよ」
 口癖のように言う老妻にあてた、最後の手紙。そもそも「あのとき」とはいったいいつを指すのだろう。訊ねるのも面倒なので推測してみれば、夫婦の間で死という言葉が選択しとして脳裏をよぎったのは、三度にわたる。一緒になることを反対されとき、ふたりのあいだで「朝顔事件」と呼ぶ事件が起きたとき、そして……――
 死を目前にした夫が妻に宛てた遺言は、ラブレターのように切なくあたたかい。
 短編集。
 すべてに共通しているのは、死、それも心中。富士の樹海で死に損ない、改めて自殺場所を探すためにさまよう男が同道することになったのは、やけにサバイバル慣れした若い男。生きようとしているのか、死のうとしているのか。どちらの絶望の方が深いのか? 森の奥の数日を描く「森の奥」。子どもの頃からずっと見続けてきた不思議な夢。自分は心中のかたわれの生まれ変わり……だとしたら相手は? 夢にとらわれた女性を描く「君は夜」。死の淵に近づき、ぎりぎりのところで生きる人々、生き残ってしまった人々を描いた作品が多く収められている。そこに見えるのは、絶望か、希望か。
 これまでの三浦しをん作品とは、ちょっと違った雰囲気がある。オススメ。




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