「こんなふうになるなんて思ってもみなかったよ」
「卵をめぐる祖父の戦争」デイヴィッド・ベニオフ(田口俊樹訳) ハヤカワ文庫
メキシコ湾に臨む小さな家に住んでいる「私」の祖父。映画の脚本家でもある「私」は、それまで多くを語らなかった祖父から戦争の話を聞きだしたが、彼の語ることの大半は、一九四二年の一週間、祖母と出会い、親友と出会い、ドイツ人をふたり殺した週に関するものだった。それは、十八歳にもならない少年(主人公の祖父、レフ)が卵を求めて戦下のピーテル(レニングラード)、さらには街を抜け出してひたすら探索を続ける話である。しかも、ドイツ軍に包囲されたレニングラード市内では人肉さえも食べている人々がいるというのに、レフが探す卵は大佐の娘の結婚式に出すウェディグケーキのための1ダース。結婚式は翌週。与えられた期限は五日間。相棒は脱走兵のコーリャ。
寒さは厳しく、食べるものはなく人々は飢え、理不尽な死を迎え、逃れようもない苦しみに喘いでいる――のに、ウェディングケーキのための卵探し。それこそが理不尽極まりない命令であり、どう考えてもシュールとしかいいようのない状況なのだが、それに逆らうわけにいかない状況もある。饒舌でなんでもジョークにしてしまうようなお調子者のコーリャとともに、レフは悲惨なロシアをつぶさに見聞する。
物語そのものはコーリャのユーモアや、レフのちょっとした妄想などもあって、決して陰惨なものではない。むしろ極限状況での友情と冒険はすばらしいとさえいっていい。けれどやはりこれは、戦争の物語。
生き延びるために彼らは何をしたのか? そして、卵を手に入れた彼らを待っていたものとは?
最後まで目の離せない作品。オススメ。
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