靫矢は就職したあと己の目的を見定めたという。自分のよく知るもう一人の先生である、副島省吾にしてもそれは同じことだ。彼らと引き比べれば、自分は若い。
きっかけはどこにあるかわからない。心の底から本気になれるような、それが夢だと語れるようなものが、いつか自分にも見つかるかもしれない。
「スポーツドクター」松樹剛史 集英社
バスケ部キャプテンとして最後の試合を前にはりきって練習に励んでいた岡島夏希は、練習中、チームメイト幸の足を踏んで激しくバランスを崩し転倒した。といっても、派手な転びかたが笑いをとるようなキャラクターなので、本人も周囲もまったく気にはしていなかった……ただひとり、足を踏まれた幸以外は。アスリート専門のスポーツドクターのところへ行くという幸に付きあわされた夏希。だがそこで明らかになったのは、幸が心配していたのは自分の足ではなく、夏希の足だったこと……本当は自分の足がおかしいことを、夏希自身も気づいていたということ。
身体だけではなく心まで癒すスポーツドクター靫矢の姿にひかれ、彼の病院を手伝い始めた夏希は、そこでさまざまなアスリートたちに出会う。より強く、より早く、誰よりも優れた身体をつくろうとして心を病んでしまう選手たち。夏希は彼らとかかわることで、さまざまなことを学んでいく。
まっすぐで明るい少女が、その明るい強さで選手たちのもつ闇にまっすぐにぶつかっていく姿を描いた作品。高校三年生の夏希はまだやりたいことや進路が決まらずにいる。けれど、若くして自分の道を決めてしまうことは、ただいいことだけだろうか? 親の期待に押しつぶされそうになってしまう少年、女性としての生き方とアスリートとしての生活を両立させるために過食に走ってしまう女性。そして監督やコーチによるドーピングという闇。
スポーツに関わっている人も、そうでもない人も楽しめる作品。爽やかな読後感でオススメ。
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