「この世界があまりにも完全な、あまりにも平和な、そしてあまりにも幸福な世界だから、われわれは法律をやぶるような適応不能者に、不満足をひろめてまわるような真似は、許すわけにはいかんのだ」
「無伴奏ソナタ」 オースン・スコット・カード(野口幸夫他訳) ハヤカワ文庫
クリスチャンが生まれて六ヶ月のとき、予備テストはリズムに対する天分と鋭い音感を明らかにした。そしてうまれて二年たったときには、かれのたどるべき未来は厳密に指定された。かれは創る人(メイカー)となったのだ。ふかい落葉樹の森の中の一軒家で、歌うことのない召使に育てられ、鳥たちの歌、風の歌、木々の声、そんなものに囲まれたクリスチャンが生み出した音楽。聴く人(リスナー)たちの間に噂が広がりはじめ、そして彼らと話すことが許されていなくても、クリスチャンはしあわせだった。なぜならかれはメイカーで、そしてかれには音楽があったから。
しかし、とあるリスナーの行為がクリスチャンに法をやぶらせ、結果、クリスチャンは音楽をとりあげられてしまう。けれど、かれに音楽を捨てることなど、創らずにいることなどできるはずもない――クリスチャンは法を犯しつづけ、監視人はクリスチャンからピアノを弾く指を、歌う喉を、とりあげてしまう。なぜならこの世界はあまりにも完全な、あまりにも平和な世界だから。そして音楽を作り出すすべての手段を奪われたクリスチャンに残された生き方とは。
短編集。短篇版「エンダーのゲーム」が収録されていることで有名なこの短編集だが、どうしてどうして、他の作品も捨てたものではない。いわゆる神童ものともいえる「無伴奏ソナタ」もそうだが、「王の食肉」に見られるように、他人には決して理解されることのない崇高な目的のために残虐な行為を繰り返す、なんていうのもカードお得意のところだろう。「磁器のサラマンダー」の童話風世界も可愛らしくせつないし。とはいえ、オススメはやっぱり「四階共同便所の怨霊」だろうか(いつ見てもすごい題だ)。トイレの便器の中に横たわっている不気味な赤ん坊。カードがホラーを書くとこうなるのか、というのを楽しむためだけにでも、ぜひ。
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