でも私は前進するのよ、浮上するのよ。確かに私は周囲の雰囲気とはずれてるわ。だけど私に何ができるっていうの? 希望をもつことも喜ぶことも我慢しなきゃいけないっていうの?
           
「森の死神」ブリジット・オベール(香川由利子訳)ハヤカワ文庫

 約1年前、爆弾テロに巻き込まれて、エリーズは全身麻痺の身となった。目も見えず、口もきけず、わずかに動かせる左の人差し指のことも誰も気づいてはくれない。だから、エリーズの身のまわりの世話をするイヴェットでさえ、エリーズの耳が聞こえているのか、周囲を理解しているのかさえわからないでいる。でも、エリーズにはちゃんと耳が聞こえたし、考えることだってできた。自殺さえ許されず、好みの食べ物を食べることも、好きな音楽を聴くことさえ許されない生活の中、イヴェットが自分の髪をどのように整えてくれたのか、どんな服を着せてくれたのかさえ知らないことに皮肉な思いを抱きながら。
 しかしある日、イヴェットに連れられて近くのスーパーに行ったエリーズは、そこでヴィルジニーという幼い少女と出会う。エリーズに話しかけてきたヴィルジニーが語ったのは、「森の死神」が次々に男の子たちを殺しているという、奇妙に不気味な物語だった。初めはつくり話にすぎないと考えていたエリーズだが、ふと耳にしたニュースから、ヴィルジニーの話が事実だということを知る。しかもどうやらヴィルジニーは犯人を知っているらしい。ヴィルジニーの身が危ない! けれど、エリーズにはそのことを誰かに伝える手段はどこにもない……――
 ブリジット・オベールの最高傑作(だと思っている。個人的に)。安楽椅子探偵という言葉があるが、エリーズの状況はそれ以上。ヴィルジニーとの出会いから事件に巻き込まれていくエリーズだが、情報は噂話やニュースやら、限られたものしか手に入らない。伝える手段はどこにもない。そんな彼女がどうやって事件を解決するのか、というのが見所である。同じ限られた状況にいる読者として、エリーズと一緒に事件に巻き込まれていく快感。
 しかも、このエリーズ、前向きで皮肉なユーモアの持ち主で、なんともいえず、いい。犯人に襲われている最中だって髪形を気にしているし、どんな状況でもひょいとユーモアが飛び出す。これはもう、読まないと損。
 フランス推理小説大賞受賞作。



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