「遺族というのは、どんなに医師がベストを尽くしたといっても、腹の底から納得しているわけではないからな。何とかできたんじゃないか、と何年経っても疑っている。それを言葉に出さないのは、単にきっかけがないからだ」
             
  「使命と魂のリミット」 東野圭吾 角川文庫

 帝都大学病院の研修医として勤務する氷室夕紀は、かつて、心臓血管外科の権威、西園医師の手術によって父親を亡くすという過去を持っていた。西園の元で研修をしているのも、父親の死が西園による意図的な殺人ではないかという疑いを捨てきれないからだ。父に比べて、若く美しかった母が、父の死後に西園とつきあいだしたことをどうしても認められない夕紀。そんなある日、帝都大学病院は意図的に医療ミスを隠している――という脅迫状が届き、それを夕紀が発見する。ここでいわれている医療ミスには、父の手術も含まれるのだろうか。揺れる夕紀は、さらに父と西園教授との複雑な関係を知って混乱する。
 愛する人を失ったとき、その理由に納得がいくことなどあるはずもない。交通事故や手術、さまざまな理由で家族や恋人を失った者たちが、その死を引きずりつづけて生きている。物語は、そのような人々の想いが絡まったときに発生する事件を描く。
 医療ミスの告発は、なんのために行われたのか。そのことが明らかになったとき、事件は意外な様相を見せる。
タイトルにも使われている「使命」。夕紀の父親が好きだった言葉として繰り返されるその言葉には、感情を超えて果たすべき役割、仕事に対する情熱といった意味が含まれている。使命と感情とのあいだで揺れたとき、守るべきはどちらなのか。さまざまな謎と想いが絡まり合った作品。




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