「わたしは紛い物だってことね」
「惜別の賦」 ロバート・ゴダード(越前敏弥訳) 創元推理文庫
美しく、しかしどこか荒涼とした景色の中にある墓地でかわされる不可思議な会話から物語は始まる。どうやら主人公はかつて知りあいだった女性から金を揺すられているらしい。しかも……そのことをどうやら主人公自身も予測していたようだし、それには一九八一年九月のある出来事が関連しているらしい。では、それはどんな出来事か?
親友の自殺をきっかけに、三十年以上も前に殺された大伯父の事件を調べ始める「わたし」。子どものころの記憶は大人になってから自動修正されたものも含めて曖昧だ。それをひとつひとつ丹念に選び出していくうちに、謎はどんどん複雑に絡んでくる。過去のことばかりではない、現在の「わたし」たちを脅かす謎めいた女性の登場。家庭を壊し、仕事を奪う彼女の陰険なやり口は、過去の事件とかかわりがあるのか? そして読者としてはプロローグで登場した女性はいったい誰だろう、この女性なのだろうか、それとも違うのか……と、その謎までも抱えてしまう。なにせ出てくる女性はみんな「それっぽい」のだから。
いかにもゴダードらしい、複雑で緻密な伏線と二転三転する謎に満ちている。読み始めたらやめられない、ミステリーの醍醐味を味わせてくれる逸品である。
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