空は青く大地は緑。それなのに私は悲しい。
鳥が飛び兎が跳ねる。それなのに私は悲しい。
生きた人が焼かれるのを見たからだ。
              
 「聖灰の暗号」帚木蓬生  新潮文庫

 若き歴史学者、須貝彰は、中世フランスで異端審問にかけられ、多くの信者が火あぶりとなったカタリ派について調査を進めていた。ヴァチカンには紋切型の異端審問の記録しか残されていないが、地方の図書館には生の記録が残っているのではと目をつけた須貝のもくろみはあたり、トゥルーズの市立図書館で、須貝はカタリ派の異端審問に立ち会った修道士が書いた古文書を手に入れる。だがそれは、正統なカトリックの聖職者たちにとっては、封じ込めたい過去でもあった。ひとつめの古文書を手掛かりに、他の隠された古文書を見つけようと動きはじめた須貝の前に立ちはだかる大いなる闇。遙かな遠い過去の声を拾い上げ、真実を明らかにすることはできるのか。
 須貝の探索に力を貸してくれるのは、美しい精神科医のクリスチーヌ、砂鉄を掘り、ナイフを作っている気のいいエリック夫妻、家族をつれてパリに研修に来ている警察庁の今井一家など、偶然の出会いがつないでくれた人々だ。謎にかかわったと思われる人々が殺されるなど、現在にもつながる闇がひたひたと迫る中、須貝は彼らの励ましに支えられながら、少しずつ古文書に秘められた暗号を解いてゆく。
 素朴な信仰は異端なのか。神を信じることは同じなのに、なぜカタリ派の人々は弾圧され、無残な火刑に処されなければならなかったのか。須貝は何度も、日本のカクレキリシタンのことを思い起こす。
「教会さえ持たないまま、二百五十年もの長きにわたって信仰を維持するためには、日々の生活、日々敬虔に生きることの中に光も救いもあると思い、実践することが必要だったはずだ」
 次々に暗号を解いて真実に迫るという意味では、「ダヴィンチ・コード」を思わせるが、個人的には、「ダヴィンチ・コード」よりスリリングで情感も豊か。どの作品も外れなしの帚木蓬生だが、これは特に傑作。オススメ。




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