わたしが得たものは、もっと計り知れぬ価値のあるものだ。
今日、わたしは人の魂を勝ちとった。
「大聖堂」 ケン・フォレット(矢野浩三郎訳) 新潮文庫
プロローグは1123年。最終章は1174年。実に半世紀にも及ぶ人々の営みが描かれている。
物語の始まる前に、「オクスフォード英国史」からホワイト・シップ遭難事故の記事が引用されている。それが重要な意味を持つのは、ずっとずっと後のこと。プロローグは朝まだきの死刑場。若い罪人と、彼に死の運命の烙印を押した三人の男、騎士と修道僧と司祭。そして、罪人の死刑直後、その三人に呪いをかけた金色の目をした少女。若い男は何の罪を犯したのか、彼はなぜ死なねばならなかったのか、おそらく妊娠しているであろう少女は今後どのように生きていくのか――今後はきっとこの少女を中心に進んでいくのだろう、と思っていると、肩透かしを食らう。やわらかな丸みを帯びた大聖堂のイラストを挟んで始まる第一部は、建築職人トムとその家族の放浪と、若くしてキングズブリッジの修道院長になったフィリップを中心に語られるからだ。そして、以後もこれは変わらない。
建築職人のトムは大聖堂を造りたいという夢を持ち、そのために貴族の館を造るような仕事では満足できず、充分な腕を持ちながらも家族を連れて飢えと貧しさに耐えなければならないような放浪の生活を続けている。トムの夢は、どこかの大聖堂を修理すること、できれば最初から関わりたい……ということ。一方、修道院長のフィリップには、修道院内にも彼の早すぎる出世を妬む者がいるだけでなく、貧しい人々を導かねばならぬという切実な使命感がある。
そんなふたりが出会ったとき、最初、フィリップにはトムに払う修理費もないほどだった……が、とあることがきっかけで大聖堂が焼け落ち、否が応にもトムに建築してもらわねばならないようになってしまう。
貧しい修道院が石材や人手をどうまかなうのか。近隣の豪族ハムレイは修道院が大きくなることを喜ばず、しきりと妨害を繰り返す。また、初めこそフィリップを手助けしてくれるような顔をしていた司教も、彼の有能さを恐れてかハムレイと組んで妨害してくるのだ。孤立するフィリップ。
半世紀にもわたる物語なので、途中で重要人物が死んでしまったり、息子や、娘たちの代になったりする。書いてしまうが大聖堂も建築途中にいろんなことがあって二度ほど最初からやり直しになるので、最終的に出来上がったものは最初にトムが考えていたものとは似ても似つかないものになる。が、ここにあるのは貧しい人々、持っているのは自分の技術、信仰、そしてなにより家族であるという人々が大聖堂というひとつの夢を完成していく物語だ。希望の力強さと意志のさわやかさ。時代を越えてつながる意志。男たちの政治的駆け引き、謀略の中、元伯爵令嬢のアリエナや、森に住む魔女と噂されるエリンなど、女性たちのしたたかさもよい。上・中・下があっというまに読めてしまうことだろう。
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