「非常の重職会議は、家臣下城後の暮六ツからという慣例がある。それに日取りはもう決まって、変えることは出来ん」
「夜分はその、それがしいろいろと、のっぴきならぬ用を抱えておりまして……」
            
 「たそがれ清兵衛」 藤沢周平 新潮文庫

 筆頭家老堀将監の専横という根深いやっかいごとを抱え、反堀派の杉山家老たちはなんとか堀を抑えたいと願い、ついに上意討ちという手段に訴えることを考える。しかし、堀の傍には藩中で右に出るもののないといわれる護衛、小野派一刀流の北爪がおり、堀自身も若いころには道場で鳴らした男。これぞという討手がいない。首を傾げ、知恵を寄せ合った末に出てきたのが、たそがれ清兵衛という渾名の、井口清兵衛だった。
 身体の弱い妻をいたわり、家のことをするために、下城の太鼓が鳴ると同時にすばやく帰宅。飯の支度から掃除、洗濯と車輪の勢いで働くために、昼間は居眠りをする――そんなところからついた渾名は伊達ではない。たとえ家老からの話であっても、こと、それが夜分であったなら断ってしまう。しかし、ことが済めばいい医者に見せてやろうとの言葉に、清兵衛は条件づきでその仕事を引き受ける――
 うらなり与右衛門、ごますり甚内、と、それぞれ容姿や性格や行動に特徴のある人物が描かれている短編集。共通するのは、誰もが人にはあまり知られてはいないものの剣の達人であるということだろうか。軽んじられてもひょうひょうと、普段は決して己の腕を誇ることなく生きている。その姿のすがすがしさ、軽やかさ。ここぞというときの活躍の意外性と、結末にいたっての後味のよさも気もちがいい。
 秋晴れの日に読みたい一冊かもしれない。



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